第130話

「その二択なのかよ……」

「んー、会わないって決めるのはちょっと極端かもしれないけどさ」


 そう言って、楓は体育座りし、考え込むように膝を抱えた。


「いつかあんたが我慢できなくなって、咲さんに気持ちぶつけたら、またいなくなっちゃう気がする。ウチのこともブロックして、今度こそ本当に」


 言いながら、それが現実になったことを想像し、楓の目頭が熱くなる。

 それだけは絶対に嫌だった。自分の恐怖を回避するために柊に気持ちを我慢させるようで後ろめたくもあるのだが、咲と完全に疎遠になることは柊だって望んでいないはずだと、楓は信じていた。


「咲さんてさ、自分のこと嫌いじゃん」


 柊は再び楓の言葉に驚く。その内容もだが、こんなに人間観察に長けていた奴だったろうかと、幼馴染をしげしげと見返した。


「ウチもあんたもおじさんも、きっとあの上司の人も咲さんのこと好きなのに、自分は好かれるわけないとか思ってそう。理由は……聞かないとわかんないけど」


 うっすらと予想はつく。だが、咲のことになるとすぐに暴走する柊には言いたくなかった。


「そんな咲さんにさ、あんたが好き好きーって迫っていっても、きっと通じないと思う。通じないだけじゃなくて、自分の存在が悪いんだ、いないほうがいいんだって思いそう。あんたのために」

「俺のため、って……」

「自分なんかがあんたと恋人になっちゃいけない、みたいな?」

「恋人、って」

「あれ? あんた、そうなりたいんじゃないの?」

「え、あ、うん、そうだけど、なんか……」

「照れてんの? バッカみたい。ウチにもおじさんにもバレバレだし」

「親父?! だって、親父は咲さんと……」

「二人が、何」

「再婚……するんだろ……」

「……はぁ?」


 ほとんど寝転がっていた楓は、驚いて飛び起きた。驚きすぎて一回転してしまった。


「再婚?! おじさんと、咲さんが?」

「だ、だって、俺のお袋代わりって、そういうことなんだろ?」

「はいいいーーー?」

「あ、あれ? 違うのか?」


 楓の驚きように柊も気圧されている。お互い驚愕顔で見合うこと数秒、先に楓が脱力した。


「咲さんとおじさんの話聞いて、そう解釈したんだ……。あんた、文系は諦めたほうがいいよ、読解力なさすぎ」

「っ、お前に言われたかねーよ! いいよどうせ理系志望だし」

「つかさー、そんなのどうでもいいし。あー、そんな勘違いしてへそ曲げたんか。あーあー、ばーっかみたい」

「お前さ、二言目にはバカって言うのやめない?」

「へ? 言ってないよ」

「言ってるだろ、今も、朝も、いつも!」


 急に元気になった柊とは反対に、再び楓はごろんと転がった。


「バカみたいって言ったのは、自分にだよ。あんたが悩んでるんじゃないかと思って、咲さんにお願いとかしたのに、ただの勘違いとか、ウチタダ働き。いや無駄働き?」

「お願い?」

「もーいい。それさ、二人に言わないほうがいいよ」

「言うか!」


 柊の勘違いを真正面から否定して跳ねのけたが、確かに世間的にはそのほうが普通だ。柊と咲のカップリングよりずっと。

 まさかと思うが、瓢箪から駒になってはあまりに柊が不憫だと思った。


「じゃ、そうじゃなくて、咲さんがママみたいにあんたの面倒見てくれるとしたら、それはどうなのさ」

「そ、それは……」

「それは?」

「だから、その……」

「早く言え」

「……う、れしい……」

「はい、聞きました」


 そのたった一言で、柊は顔だけでなく耳も首も手の甲まで真っ赤にしている。その有様に何より柊自身が驚いていた。

 が、同時に、これでもっと咲との距離が縮まるのだと想像すると、顔が笑み崩れていくのを止められなかった。


「うわ、ブサイク……。咲さんに写真送っていい?」

「バカやめろ!」


 すかさずスマホを構えた楓の手からそれを取り上げようとしたが、あっという間に柊の腕をすり抜けて、階下へ逃げ去ってしまった。


「あいつ……、下行くなら皿も持ってけよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る