第129話

「……まんまだな」

「だってそう言うしかないじゃん。嘘ついても仕方ないし」

「嘘って」

「あんたさ」


 楓は柊の言葉を遮った。そして麦茶を一気飲みし、ガン、とテーブルにコップを置く。


「咲さんの前でかっこつけようとして無理して、結果肩透かし食らって落ち込んで行方不明になって。何やってんの?」


 楓の気迫に負けたように、柊は目を見開いて固まっている。少々言い過ぎかと思いながら、楓は手を緩めず続ける。


「相手、いくつ上だと思ってんの? めっちゃ大人だよ。しかも結婚してたことも、会社で働いてたり、子ども産んだことがあったり、とにかく大人なんだよ? そんな人の前でさ、ウチらみたいなガキがかっこつけて、通用すると思う?」


 柊は一言も言い返せない。違う、そんなんじゃないと言いかけると、心の中のもう一人の自分が口を塞ぐ。楓の言う通りだと、何より柊自身が分かっていた。


「あんたもウチもまだガキだって、咲さん分かってるよ。分かってて付き合ってくれてるんだよ。子ども扱いしないで、でも無理に大人にさせようともしないで。だったらウチらもそのまんま付き合うしかないじゃん」


 気づけば柊はうつ向いてしまっていた。何も言い返せない。


「あんたが咲さんを好きなの分かってる。咲さんもあんたのこと好きだよ。だからママ代わり、なんて役目引き受けてくれたんだよ。でもあんたは、咲さんにママになってほしいわけじゃないんだよね」


 言葉もなく、しかし小さく頷く。簡単なすれ違いなのに、こうして楓に言葉にしてもらってやっと自覚できた。


「じゃあ、正直な気持ちを伝えた上でどうするかを咲さんに決めてもらうか、そうじゃなかったらあんたが決めるしかないんじゃない」

「俺が決める、って、だから……」

「提案を飲むか、二度と会わないか」


 柊が想定していた以上の選択肢に、またも言葉に詰まってしまった。


◇◆◇


(あれが、マコトくんの『サキ』さん、ね……)


 桐島家の家政婦、福田を抱き込み情報を集める中で、あの日、マコトと一緒にいた女の素性が分かった。

 どんな女か見てやろうとと思った。

 最初は遠くから顔だけ見ればいいと思っていたが、それだけではマコトへの溜飲が下がらない。いっそ、自分たちの関係を『サキ』に暴露してしまおうか……。


 そんなことを考えていたら、女の勤務先と取引があるという友人がいた。渡りに船と、企業同士の提携を申し込んだ。

 初日で会えるとは思っていなかっただけに、上々の首尾に満足する。

 しかし。


(私より、あれのほうがいいわけだ、彼にとっては)


 年の頃は自分と変わらないだろう。しかし見ようによってはもっと若くも見えるし、何よりウサギのように頼り無げな風情に苛立ちが隠せない。

 聞けばバツイチで子どももいたという。それなりの経験を積んでいながら、何も知らないかのような無垢な空気をまとっていることが許せない。


 自分の長い爪と、丁寧に塗られたネイルを見つめる。

 よく『派手だ』と言われるが、これは自分にとっては武装と同じだ。

 ネイルだけではない。長い髪も、人目を引くアクセサリーも、高めのヒールも。

 そうやって自分を作り上げることで、やっと今の場所に立てている。

 それだけの努力をしてきたし、立っている価値があると、自分には思っている。


 だからこそ。

 何もしないまま男の影で震えているような女を見ると、見過ごすことが出来なかった。

 真壁咲は、そんな沙紀の嗜虐心を大いに揺さぶった。

 無論、マコト-柊-の想い人だということもあるが。


 バッグの中から、受け取った咲の名刺を取り出す。

 握りつぶしてやりたいような怒りを抑え、名前の部分をゆっくりとなぞった。

 まるで、獲物を前にして舌なめずりする獣のように。

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