第128話
「代表取締役の小出と申します」
宇野が言っていた通り、午後一で来客があった。お茶を出し、一旦下がって名刺や書類を持って戻る。宇野たちは既に名刺交換を終えているようだった。
「アシスタントの真壁と申します。よろしくお願いいたします」
咲も自分の名刺を両手で差し出す。交換を終えて互いに席に座ると、まあ、と向かい側から声が上がった。
「真壁さんも『サキ』なのね。私と一緒」
艶やかににっこりと微笑まれ、何故かドキドキしながら受け取った名刺を見ると、なるほど相手も『サキ』だった。
「急に親近感沸いちゃった。このお仕事、上手く行きそう」
「恐縮です。彼女もとても優秀です。名前が同じなのは本当に奇遇ですね」
宇野が代わりに請け負ってくれる。咲は宇野より更に恐縮し、座ったまま頭を下げた。
◇◆◇
「急な対応、ありがとう。助かったよ」
来客が帰った後、会議室の後片付けをしていたら宇野が戻ってきた。
「いえ。でも珍しいですね、宇野さんが今日の今日で打ち合わせって」
「うん、今日紹介されたんだけどね、出来たら早く進めたいって強く頼まれて。まあ丁度今日の午後は空いていたし」
「ご紹介なんですか?」
「そうだよ、あまり付き合いのない業界だけど、うちとコラボしてどうなるか、ちょっと楽しみだね」
顔の広い宇野は、紹介も多いのだろうと咲は頷く。そして先ほど会った『小出沙紀』を思い出していた。
「綺麗な方でしたね」
「そうかな」
「え? だって……」
はっきりとした目鼻立ちはメイクのせいではなく素なのだろうと想像出来る。その造形を活かす陰影を押さえた化粧と、あえて淡色でまとめたスーツ、指に光る大きめの指輪。手入れの行き届いたロングヘアは大きなウェーブが華やかだ。
女性起業家のお手本のような風貌は、自分とはかけ離れ過ぎていて憧れしか感じなかった。
「まあ美人かもね。僕の好みじゃないけど」
宇野は数歩、咲に近寄ると正面からじっと見つめる。三秒、そこで咲から目を逸らされ苦笑する。
「でも仕事は出来ると思うよ。小出さんの会社は急成長してるし、さっきも真壁さんのことすごく褒めてた。アシスタントとしてではなくプロジェクトに参加して欲しいって」
「私が、ですか?」
咲はたじろぐ。今まで宇野の『オミソ』のようにくっついて仕事をしてきたが、一担当者として何か出来るだろうか、と。
「もちろん賛成したよ。でも僕もいるし、そんな身構えなくていいから。女性同士学べるところは多いんじゃないかな」
確かに、と心の中で頷く。今まで宇野を手本として仕事を覚えてきたが、もう一人目指す目標が増えるのはメリットしかないと思えた。
「よろしくお願いします!」
嬉しそうに微笑む咲を見て、宇野は自分も嬉しく感じつつ、若干の淋しさもかみしめていた。
◇◆◇
昼食は頑なにダイニングを嫌がる柊に楓が折れて、福田に作ってもらった親子丼を柊の部屋に持ち込んで二人で食べた。
「あんたさ」
「ん?」
「……なんでもない」
楓は首をふって、また食べ始める。この件について余りしつこくするとまた家を出ていきかねない。昨日のように騒ぎになるのも面倒だった。
黙々と箸を進めていたら、今度は柊の動きが止まった。
「あの、さ、昨日のアレなんだけど……」
「咲さんのこと?」
「……ん。お前、どう思う?」
「どう、って……? ウチは関係ないし。あんたが決めることじゃん」
「お前だったら、どうする?」
珍しく柊が真剣な面持ちで楓を見つめ返していた。これは自分もちゃんと応えなければいけないと思い、楓も箸を置く。
「咲さんがウチのママ代わりになるとしたら、ってこと? それとも、ウチがあんたの立場だったら、ってこと?」
「そっち。後のほう」
「ウチだったら……」
目を閉じて、想像する。
初めて心から好きになった相手が、自分の気持ちに全く気付いていない。でも誰よりも優しく、理解もしてくれる。その相手が自分の親代わりを申し出た。
そっと目を開けて、思ったことを伝えた。
「とりあえず、嬉しいけど辛いって言うかな」
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