第127話
「おーい、もう昼だぞー、おーきろー」
無許可で柊の部屋に入ってきた楓は、布団に丸まった柊をゆさゆさ揺する。
「いくらエアコンつけてるったって、この暑いのに布団にくるまってるとか、ありえなくない?」
あえて明るい声で無神経にたたき起こす。が、周囲からするとそれが『いつもの楓』だから、不自然さはまるでなかった。
「ねー、世界史一緒にやろうよー、ねーねー」
飽きずに揺すり続けていると、やっと頭のてっぺんらしきものが覗いた。
「……自分でやれよ、勉強なんか」
「教えてやるって言ったじゃんー! なんだよケーチケーチ」
「……頭いてーんだよ、寝かせろよ」
「ゆるさん。起きろー」
布団ごと柊をベッドから転げ落とす。それでも器用に丸まったままなことになぜか感心した。
「お前! あぶねえだろ!」
「つか起きなよ、何時だと思ってんのよ」
「夏休みなんだからいいだろ、別に」
「受験生に夏休みなんか無いって言ったの誰だ」
「俺はいいんだよ。今更焦んなくても受かるし」
「ウチは焦らないと受からないのー! ほら、顔洗って! 歯磨いてこい! ついでに二人分のお茶もって戻ってこい!」
言いながら鞄から参考書やノートを出して広げる。自習なら予備校でも出来るだろうに、わざわざ柊を訪ねてきてくれた楓を見ていたら、柊の顔からやっと緊張感が取れた。
柊はのっそりと布団から這い出てきて立ち上がった。本当に勉強する気はあるらしく、世界史以外にも英語や古典の参考書が見えた。しかしどれも新品なのは何故だろう。
「着替えんだから出てけよ」
「着替えりゃいいじゃん。ウチ勉強してるから」
「バカか。ほら、茶ならお前が取ってこい」
腕を引っ張って立ち上がらせるとそのまま部屋から追い出す。大人しく階下へ降りていく足音が聞こえたので、柊は着替えを始めた。
◇◆◇
「福田さーん、お茶かジュース欲しいなあ、ウチと柊の分」
楓に呼ばれて洗濯から戻る。柊がやっと起きたようだ。昨日の件が気になるが、楓から何か得ることは出来るだろうかと伺い見る。
「何か作りますか?」
「もうすぐお昼だし、それはいいかな」
「……柊さん、大丈夫ですか?」
「ん? 大丈夫って、何が?」
「……いえ」
いたっていつも通りの楓に不満を感じつつ、昨夜の柊の様子を思い出す。
(あの人は、きっと柊さんが苦しむほど都合がいいのだろうけれど、私は……)
いつか、それもきっと近いうちにこの家に自分の居場所は無くなるのだろう。そうすればまた違う職場を紹介してもらうだけだ。働く場所が変わるだけ。今までもずっとそうしてきた。同じことを繰り返すだけなのに。
何故か、理不尽で不当なことが起ころうとしているように思えて、福田は心が落ち着かなかった。
◇◆◇
昼休みになり、オフィスから社員が外へ出ていく。咲も一旦作業の手を止めた。
冷蔵庫から朝作った弁当を出し、電子レンジで温め直す。他にも同じようにしている社員がいるが、席も離れているので皆無言で休憩を取っていた。
咲も食べ始めようとしたところで、オフィスの電話が鳴った。咲は箸を置いて受話器を取った。
『あ、良かった、真壁さん?』
「宇野さん、お疲れ様です」
『うん、お疲れ様。ごめんね、休憩時間だよね』
「いえ、大丈夫です」
『急で申し訳ないんだけど、午後一でお客さんが来ることになったんだ。応接室予約しておいてもらえるかな』
咲は頷き予約システムを確認する。宇野に客の人数を聞いて、収容可能な部屋を押さえ、完了の返事をした。
『助かったよ。で、その打ち合わせに真壁さんも入って欲しいんだ』
「私ですか?」
『うん。女性向け商品だから、女性社員がいるなら同席して欲しいって先方からリクエストがあってね』
咲は再び了承の返事をし、電話を切る。早めに食事を済ませて来客準備に入らなければと思った。食べ進めながら、宇野にしては随分慌ただしい予定の入れ方だと違和感を感じてもいた。
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