第123話

 リビングの喧騒を他所に、福田は自室へ下がった。


『福田さんもご一緒にいかがですか』


 柊があの女の手料理が食べたいと我儘を通したという。それを聞いた忠道が福田にも勧めたが、柊が自分が同じテーブルに着くことを歓迎するとは思えないし、福田とて、あの女の料理など食べたいと思わなかったので辞退した。


 先日感じた疎外感は、いずれこの家から暇を出されるのでは、という確信に変わってきている。

 気持ちを落ち着けるために目を瞑り、話し声が聞こえないようテレビをつける。それはこれからかける電話の内容を誰にも聞かれないための対策でもあった。


◇◆◇


「オムライスがよかったのに……」

 配膳を手伝いながら、柊は皿の上の煮物を見つめながらつぶやく。咲は苦笑しつつ、その背を撫でた。

「この間作ったばかりじゃない。いつも同じじゃ飽きるでしょ」

「俺は飽きない」

「あんたの好物ばっかってずるくない?」


 文句が止まらない柊の手から皿を奪い取り、楓が言い返す。


「おじさんやウチだってリクエストする権利あるじゃん」

「俺が頼んだんだよ、飯作ってくれって!」

「あんたは今回皆に迷惑かけた側なんだから、我儘言う権利なし。残念でしたー」


 アカンベーを返す楓に柊は舌打ちをしながら、久しぶりに自宅のダイニングテーブルにつく。


 父と、自分と、楓と、咲。

 この四人の中で家族なのは自分と父だけなのに、なぜか四人が揃っていることが至極当たり前に見え、そして安心出来た。

 

「どうしたの? 柊くんもほら、座って」


 咲に呼ばれ示された席は、彼女の隣だった。柊は満面の笑みで飛んでいく。

 なんにせよ、咲とまたこうして普通に話をし、会えていることが一番の幸せだった。


◇◆◇


「ごちそーさまでした! 後片付けはウチがやるからね。咲さんはゆっくりしてて」

「いつもありがとう、楓ちゃん」

「俺も手伝う!」


 慌てて手伝いを申し出る柊だったが、楓に押し返された。


「あんたはおじさん達から話があるんだから、そっち」


 ほれほれ、と追い払う仕草をされる。振り向けば、確かに父も咲も待っているような顔をしているので、渋々戻る。急に昼間父を殴った時の状況と心境がぶり返してきて、一気に気分が落ち込んだ。


 重くなった足取りで、父の向かい側、咲の隣に腰を下ろした。


「昼間のこと、説明しておきたくてな」

「あれは……ごめん、俺も」

「いや、怪我もしてないくらいだ、気にするな」


 確かに父の顔は腫れてもいなければ跡も残っていない。少しだけ柊は気が楽になった。


「お前が言っていた、俺が咲さんと二人で会っていた、という件を説明しておく」


 柊は胃がびくりと震えるのを感じた。しかしこの状況で聞きたくないとは言えない。奥歯をかみしめながら小さく頷く。


「前にも言ったが、お前には、お母さんがいなかったことで色々不便をかけた」

「……それはもういいって言ったじゃん」

「そうだったな。ただ、お前は気づいていないかもしれないが、まだ親として教えてやれていないことがあるんだ。それについて、咲さんに協力して欲しくて食事にお誘いした」


 柊は父の話に怪訝になりながら、視線を咲へ移す。咲も柊を見返し、ゆっくり頷いた。


「お父様はね、柊くんに、もっと甘えて欲しいって思っていらっしゃるの」

「……へ?」


 想定外の話の流れに、思わずとぼけた声が出た。忠道も咲も笑った。


「あ、甘えるって……。いや、俺もう十八だし。つか親父に甘えるって、だって……」

「落ち着け。俺に甘えろなんて言ってない。それはさすがにお互い無理だろう」

「う、うん……。あ、進学の学費出してもらうのだって甘えてることになるんだろうけど」

「それは親としての義務だ。そんなことじゃない」

「でも、じゃあ、甘えるって……」


「私」


 にっこり笑って自分を指さす咲に、今度こそ柊は声も出ないほど驚いた。

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