第119話
改めて楓に自分の気持ちを言葉で伝えて、塗り重ねるように納得した。
そうだ、自分はとても嬉しかったのだ、と。
誠を
もう一度、母になれるのだ、と。
咲は今一度、楓に向き直った。
「柊くんがどう思うかは分からない。もしかしたら私じゃイヤだって言われちゃうかもしれないけど、柊くんのお父さんからその話を聞いて、嬉しかったの、すごく」
楓は咲の言葉をじっと聞き続けた。
何度も繰り返す『嬉しい』という言葉を裏付けるように、咲の表情がみるみる明るくなっていく。短い付き合いの中でも、咲のこんな顔を見るのは初めてだった。
「もし、柊が嫌だって言ったら?」
「それは私も桐島さんも諦めるしかないと思ってる。違う方法で柊くんをサポートするしかないかな」
「それなら……今のままでも柊は嬉しいんじゃない?」
つい、楓は口を滑らせた。まるで咲に『余計なことをするな』と言っているかのようなセリフに、言ってしまってから焦った。
「柊はさ、ほら、咲さんと会えればそれで楽しいんだろうし」
「うん、そうよね、分かってる」
だけど、と、咲は続ける。なぜだろう、今夜の自分はらしくないほど饒舌だ。ずっとせき止められていた何かが流れ出すように。
相手が楓だからだろうか。ずっと年若の女の子なのに、彼女になら何でも話せそうだと思っている自分が不思議でもあり、当然のようにも感じていた。
「でも、今のままだとしたら、私は柊くんと会う理由がないよ」
そうだった。ずっと感じていた後ろめたさの正体は、理由がないからだった。一回り以上年齢が違っていて、接触する必然性は何もない自分と柊。知り合ったきっかけも、カフェで柊が自分を誰かと間違えたこと、柊が亡き息子と同じ偽名を名乗っていたことだった。その場限りで消滅してもおかしくない、細く頼りない関係。
その後に偶然再会したことで縁は繋がったが、それも一度切れた。楓のお蔭で再び繋がれたが、恐らくいつかどこかでまた切れる可能性が高い。
そんな頼りない関係性に、柊は色んなものを預けてくる。
今のままでは、咲は柊を支え続ける自信が無かった。
忠道の提案は、咲の不安を解消してくれる妙案に思えたのだった。
「親戚でも、ご近所さんでも、仕事上の繋がりでもない私と柊くんがどうして一緒にいるのかと言われたら、答えられない。一年前のように」
楓は去年、花枝が咲のアパートに乗り込んだ時の様子を思い出した。あの件は自分にも責任がある。急に後ろ暗さを感じた楓を、それを察して咲が手を握ってきた。
「逆だよ、楓ちゃん」
すぐ近くで、咲の優しい声が聞こえて、楓は顔を上げた。
「あの件があったから、ちゃんと考えなきゃって思ったの。あの時は……考えるより先に逃げちゃったけど、今はちゃんとしたいって思ってる」
「ちゃんと、って」
「うーん、桐島さんがどんなふうに考えてるか詳しくは分からないけど、家政婦さんその二、みたいな? 教育係、でもないしねー、なんだろうね」
「……恋人、とかは?」
「え? そんな、まさか」
「だって大好きじゃん、咲さんのこと」
「大好き? そんなはずないよ、まだお会いするのも三回目くらいだし」
「……三回目?」
「だから、桐島さん……、柊くんのお父さん」
「……そっちかー」
「そっち?」
「なんでもない……。ウチ急に疲れた、もう寝よう」
「あ、ごめんね長くなっちゃって。うん、おやすみなさい。電気消すね」
パチン、とスイッチの音がして、咲のベッドサイドの光だけになる。暫くするとそのライトも消えた。
(咲さんの鈍感力、半端ないなー。面倒なことにならないといいけど……)
考えたくない三角関係が楓の脳裏をよぎる。
ただ、話していた時の咲の嬉しそうな顔は、絶対に曇らせたくないとも思っていた。
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