第105話
『また土曜日、会えますか』
柊から届いたメッセージを見て、咲は嬉しさと同時に安堵を感じていた。それはやはり、昼に宇野から受けた誘いが関係していた。迷うことなく了承の返事を送る。
『うん、大丈夫だよ』
このところ立て続けに桐島家にお邪魔している。さすがにそれを常態にするのは気が引ける。柊が行きたい場所があるなら、外で会うのも吝かではないと考えながら。
◇◆◇
『大丈夫だよ』
間を置かず返ってきた咲から返事に、柊は複雑な思いがした。
もちろん会えるのは嬉しい。
ただ、咲の素性を沙紀に知られていること、帰り際に楓に指摘された『二人きりで会うことへのリスク』を考えると、手放しに喜ぶことも出来なくなってしまった。
父に咲の話をすれば、間違いなくまたここへ連れてきて構わないと言うだろう。もしかしたら父は不在かもしれないが、自分が咲の部屋を訪れるよりはずっと安全だと思う。ただ……。
逡巡しているうちに、メッセージ受信の音が鳴る。持ったままのスマホを見れば、咲からだった。
『いつも柊くんのお家にお邪魔するのは申し訳ないよね。たまにはお出掛けする?』
柊には、咲の提案に抗うことは出来なかった。
◇◆◇
「真壁さんって、土日は家にいるの?」
始業前、自席で業務の準備をしていると、下田が話しかけてきた。
咲は咄嗟に返事が出来ないほど驚く。例の欠勤以来、普通の話を彼女から振ってきたのは初めてだった。
どんな心境の変化だろうと訝しみつつ、しかし他愛無い会話が嬉しく、深く考えず返事をした。
「普段は。最近は出掛けることも増えてきましたが……」
「……友達とか?」
下田は自分の嫌な予想が当たらないことを祈りつつ、平静を装いながら会話を続ける。
相手は、どちらの可能性が高いのか。
咲は、楓や柊を『友人』と呼んでいいものか迷う。やはり一緒にいれば自分は保護者にならざるを得ない年齢と立場の差があるからだ。ただ、いちいち説明するのもおかしな話だと思った。
「……そうですね、はい、友人です」
「そうなんだ……」
曖昧な笑みを返し、そこで下田は席を立った。なんだったのだろうと微かな疑問を感じつつ、咲も業務準備へ戻った。
◇◆◇
(やべ、どうしよう、咲さんと二人で外出って、考えてみたらめっちゃ珍しいじゃん)
昨日の咲とのやり取りからずっと、週末に二人でどこへ行こうか、柊はそればかりを考えていた。
(前は公園に一緒に行ったよな、あれ楽しかったよなー。でも外暑いしな……。映画? でも咲さん映画って観る人なのか? 買い物? 何を? ゲーセンとかカラオケなんて……絶対行かないよなぁ)
何も思いつかない。そもそも柊自身が外を出歩くタイプではないし、出掛けるとしても行先は限定されている。そしてこういう時に相談出来る友人もいない。いたとしても、自分の相手は咲だ。十以上も年上の女性を連れて行っておかしくない場所を相談できる相手など……。
(やっぱ、あの人しかいないか)
今日の放課後の予定が決まった。
◇◆◇
「は? デート? 余裕だなぁお前、勉強はどうした」
「してますよ、ちゃんと。模試もA判定だからそれはいいんです」
「ていうか彼女いたんだなー、いつの間に」
苦笑いで誤魔化しつつ、宗司の心中は波立っていた。自分がデートバイトを斡旋しておきながら、柊の口から本命について聞かされると落ち着かない。
「……彼女じゃないです、きっと、向こうはそう思ってませんし……」
自分のひっかけに落ち込んだような反応を示す柊を見て、少しだけ波が穏やかになる。しょぼくれた柊を見れば励まして背を押したくなる。
自分の身勝手さが、少しは柊に影響を及ぼしている事実に満足し、一緒にデートプランを考えてやろうと提案することが出来たのだった。
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