第104話
昼休憩を取りながら、咲は自分のスマホを見ていた。
柊、楓、そして柊の父の忠道。
今までほとんど使うことが無かった通信機器だったが、急に大忙しで、少し間を置くとランプが着くようになっていた。
『また来てね! 絶対約束だよ!』
『週末はとても楽しかったです。いつかお礼させてください』
『オムライス、やっぱり教えて! ウチもマスターしたいよー』
三者三様のメッセージの向こうに本人たちの顔が見えるようで、つい微笑んでしまう。他人の家は本来落ち着かない咲だったが、何故か桐島家で過ごした土日では疲れを感じなかった。
(次は何を作ろうかな)
前回は柊のリクエストに沿ったので洋食だった。次回は忠道の好みを聞いて献立を考えようか。それとも楓に料理を教えがてら、二人で作るのもいい。
「楽しそうだね」
ふいに声を掛けられ振り向くと、訪問先から戻ってきた様子の宇野が立っていた。咲は帰社を労いながら、お茶を入れるために立ち上がる。
「お疲れ様でした。先方は如何でしたか?」
「うん、ほぼ提案をのんでもらえそうかな。多少の調整があるから、部長と相談だね」
静かにカップをデスクへ置くと、宇野が目礼を返した。
「咲さんがスマホを見てるって珍しいね。何かあったの?」
何気なさを必死で装いつつ、宇野は気が気ではない。それほど帰社時に目に入った咲は、幸せそうな顔をしていたのだった。詮索せずにはいられなかった。
「何かというほどでも……」
「妹さん?」
一瞬、咲は何のことか分からなくなったが、すぐに楓の嘘を思い出す。そして心の中で笑いながら頷いた。
「そうです。料理を教えて欲しいと言ってきたので」
「へえ、えらいね、まだ高校生くらいなのに。好きな人に作ってあげたいのかな」
宇野の想定に咲は想像をめぐらす。もし楓と柊がそのような関係になっていたとしたら、とても似合いだと思った。楓なら、傷を抱えている柊を受け容れられるだろう、と。
宇野はそっとオフィス内を見渡す。自分と咲以外に社員がいないことを確認し、それでも声を小さくした。
「また、土曜あたりに食事に誘ってもいいかな」
驚いて顔を上げた咲に、断られる前にとばかりに言葉を続ける。
「もう困らせるようなお願いはしないよ。友人として、たまには気晴らしに付き合ってもらえると嬉しいんだけどな」
「……予定のない日でしたら」
満足げに頷く宇野に、咲は後ろめたさを感じる。きっと柊は毎週末声をかけてくるだろう。そして自分は、きっと宇野よりも柊達を優先させるだろうことは明白だった。
フロア入口に立つ下田は、たまたま聞こえてきた二人の会話に、手をグッと握り締めつつ足を出口へ向けた。少し間を置かなければ、宇野の前でも咲を罵倒しそうで怖かった。
◇◆◇
「ねーねー、今週も咲さん、あんたん家来るの?」
放課後、下校準備をしていた柊の机に、飛び込むような勢いで楓が走ってきた。咄嗟に身を引かなければ頭突きしていたかもしれない距離だった。
「おまっ、危ないだろ! 気をつけろよ!」
「ねーねー、咲さん、来る?」
「教えねー」
「だから意味ないよ? あんたん家に人が来ればウチの部屋から見えるもん」
そうだった、と思い出し、柊は瞑目する。ではやはり二人きりになるためには自分が咲の家に行くしかないのか。無論そう出来ればいいのだが……。
「ウチ、別にあんたの邪魔をしたいわけじゃないよ」
さっきまでのノリとは打って変わった、静かな物言いに振り向くと、真面目な面持ちの楓が見上げてきた。
「でもさ、あんたと咲さん二人にすると、また去年みたいなことになるかもしれないじゃん。そしたらまた咲さんに迷惑かかって、今度こそウチらと会えないところに行っちゃうかもしれないよ」
楓は、咲が姿を消した去年を思い出す。柊の落ち込み方も異常だったが、自分も辛かった。
「来年まで我慢しなよ、したら大学生だよ、もう子供扱いされなくなるから」
「……帰るわ」
「柊!」
一瞬、追いかけようかと思った。それくらい、柊の横顔は青ざめていた。
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