第101話
「咲さん、メロンとスイカ、どっちがいい?」
スーパーでカートを押しながら、柊は商品棚を眺めて次々とカゴに入れていく。丸ごと一つスイカを取り上げた時、咲は慌てて止めた。
「お家の冷蔵庫見たけど、そんなの入らないよ、きっと」
「大丈夫だよ、残ったら俺が全部食べるから」
「お腹壊しちゃうから……、って、買うの?」
うん! と元気に頷いて、また次のコーナーへを移動する。片手でカートを押しながら、反対側の手はしっかりと咲を掴んでいる。迷子にならないようしがみつく子どもみたいだと思うと、咲もつい好きにさせてしまっていた。
「後は……、何買えばいいかな」
「オムライスに必要な材料はもう揃ってたし、他に食べたいものは? おかずとか」
言われて柊はまた悩む。咲が作るものは何でも旨いから、正直何でもいい。ただ、我儘を聞いてもらえるならそのチャンスは逃したくない。
「うーん……、そうだ、エビフライは?」
「エビフライ? ……まあいいか、なんか油っぽいものばかりになっちゃうけど、お父さん大丈夫かな」
「親父が食わなかったら俺が全部食う!」
「そういう心配じゃなくて……」
さすが高校生、思いつくものが高カロリーなものばかりなので、咲はそっとサラダの材料も買い足す。そして野菜嫌いの柊にも食べさせようと密かに決心した。
「ありがとうございましたー」
レジを済ませ、買ったものを抱えてサッカー台へ移る。足らないものを買えばいいと思っていたら、例のスイカも含めて結構な量になってしまった。
「家政婦さん、戻ったらびっくりするかもね。こんなに食材増えちゃって」
多少申し訳ない気がしてそう呟くと、柊はムスッとしながらどんどん袋へ詰め替える。
「咲さんが気にしなくていい、あんな奴」
唐突に厳しい表情になった柊に、咲も暗い気持ちになった。が、自分が踏み込んではいけない領域だろうと思い、気づかないふりをした。
「あ、そうだ。ちょっと買いたいものがあるんだ。あのベンチで待っててくれる?」
柊は両手にレジ袋を下げ、頷いて咲が示したベンチに腰掛けた。本当はその買い物にも付き合いたいくらいだったが我慢する。
「ふう、やっぱり買い過ぎたかな」
独り言ちて袋の中を覗き込んだ時。
「マ・コ・ト・くん」
久しく耳にしなかった呼び名で後ろから声を掛けられ、柊は体を強張らせた。
◇◆◇
「うわー、やっぱりホンモノは違うわ、めっちゃ美味しい!」
帰宅後、柊のリクエストに従い、楓をアシスタントに夕食を作った。オムライス、エビフライ、グリーンサラダ、そしてデザートとして柊が買ったスイカも一口大に切り分けた。楓の無邪気な歓声が上がる。
「本当だ。すごいですね、レストランで食べてるみたいだ」
「だって咲さんプロだもん。他のもの作ってもすげー旨いんだよ」
「なんで柊がドヤってんのよ」
忠道や柊の手放しの賛辞も恥ずかしいし、楓の柊へのツッコミも楽しい。気が付けば今日は一日中笑いっぱなしな自分に気づき、咲は幸せな違和感に包まれた。
「お帰りはお送りしますので」
「そんな、大丈夫ですよ、電車でもさほど遠くないので……」
「泊まってけばいいじゃん」
無理やりサラダを口に突っ込みながら、こともなげに提案した柊に、咲以外の二人が即座に賛成した。
◇◆◇
「なんでお前ん家なんだよ!」
「バカじゃん、男二人の家に咲さん泊まらせるわけにいかないでしょ」
「だってっ……」
「あっれー? 柊くんは、何を期待してたのかなぁ~あ?」
「そ、そんなんじゃねえよ! ていうか、お前ん家だって突然お客さんとか……」
「あー、ママに言ったら全然オッケーだったから大丈夫」
「あの、そもそも泊まらなくても、私ちゃんと帰るから」
「「だめ」」
どちらの家に咲を泊めるか、というよく分からない争いが始まったので、咲は慌てて間に入るが一蹴された。
「じゃ、朝ご飯の時間にまた来るから。あんたはそれまで勉強でもしてなさい。じゃー咲さん、ウチこっちだよ♪」
これ見よがしに両手で咲を引っ張り、自分の家に連れて行く楓を、柊は思いきり睨みつける。咲は何度も柊父子に頭を下げていたが、あっという間に岸川家の玄関に消えていった。
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