第100話

「もうお前は自分ん家帰れよ」

「なんでよ、いいじゃん」

「お前がいると半分以下になるんだよ」

「は? なんのこと?」


(親父だけでも邪魔なのに、こいつまで居たら咲さんを独占出来ないじゃん。やっぱ俺が咲さん家行くほうがいいよな。でもなぁ……)


 すぐに自分の部屋に来てもらって色んな話をしたいと思っていた。しかしまさかしょっぱなから予定が狂うとは思わなかった柊は、地味にイライラし始めていた。


「あれ? おじさんたちいないねー。どうしたんだろ」


 楓の言葉で顔を上げれば、確かにさっきまでリビングにいたはずの咲達が居なかった。柊は慌てて部屋中を見渡すがいない。


「ちょ、俺探してくるわ」


 こら! と呼ばわる楓を置いて、階段を駆け上がる。すると父の部屋の扉が開いていて、話し声が聞こえてきた。


(なんで親父が、咲を部屋に連れ込んでんだよ?!)


 しかも咲の楽しそうな笑い声が聞こえたので更に頭に血が上った。ノックもせずに中に飛び込み、父に文句を言おうと思ったが、部屋に広がっているものを見て固まった。


「あ、柊くん。見て見て、これ可愛い」

「これは幼稚園のときですね。遠足で虫に刺されたらしくて、ずっと泣き止まなかったらしいんですよ」

「怖かったんですねぇ。あ、こっちは?」

「小学校の運動会です。約束通りかけっこで一番になったのが得意だったみたいで」


 咲が夢中で捲り続けるのは自分のアルバム。忠道が一つ一つ解釈を加え、それに咲が笑顔で応えていた。


「だーーーっ! 親父! 何見せてんだよ!」

「何って、アルバム」

「見りゃわかんだよ! なんで勝手に見せてんだよ!」

「いいじゃないか、俺の部屋にあるんだし」

「大丈夫、すごく可愛いよ、柊くん」


 話の流れで柊の子ども時代を見てみたいと言われて、久しぶりに引っ張り出した。問われるままに当時の柊の様子を話していると、忘れていた息子の思い出が次々と蘇っていく。それを咲と共有できるのは楽しかった。


「か、か、可愛いとか……」

「ほら、これって王子様役? かっこいいね」

 咲が指さしたのは小学校の学芸会の写真だった。無理やりやらされた王子役が面白くなくて、本番でも仏頂面だった。いつのまにか父が写真を撮っていたらしい。


「あー、このときねー。柊がずっと不愛想で、お姫様役の子が泣き出しちゃってさぁ」

 気が付けば後ろから顔を出して、楓まで余計なコメントを付け始めた。柊は広げられている分も含めてアルバムをすべて回収する。


「も、もういいだろ! ほら親父、昼飯どうすんだよ! 咲さんお腹空いちゃうだろ!」

 いえ私は……、と言いかけた咲を忠道は無視して、柊に頷く。

「そうだな、今から出掛けるのも面倒だし、寿司でも取るか」

「ウチ、ちらしがいいー」

 出前の電話を掛けるのだろう、階下へ降りていく忠道を追いかけるように楓も出ていく。柊は、やっと咲と二人になれたと思ったが、またアルバムを開き始めた咲に気づいて、慌てて取り返した。


◇◆◇


「夕ご飯は咲さんの料理が食べたいなぁー」

 昼食を終えた後、楓が何気なく呟いた。今食べ終わったばかりなのにもう夕食の心配かと、柊は呆れつつ同意した。

「楓ちゃん、咲さんはお客様なんだし……」

「でもめっちゃ美味しいんだよ! ねー咲さん、ダメ?」


 忠道の気遣いをあっさり跳ねのけ、楓は四つん這いで咲の隣まで来た。

「ねーねー、ウチも手伝うから、ダメ?」

「夕食の時間までお邪魔するのは、ご迷惑だし……」

「「「それはない」」」

 咲のささやかな遠慮はあっさり三人掛かりで否定された。咲は頷く。

「皆さんがそれで良ければ……。あ、でも何を作れば」

 と、希望の献立を聞こうと忠道へ話を振ろうとしたところで、柊が割り込んだ。


「オムライス!」

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