第99話
(なんでお前がいんだよ!)
(あんたが考えてることなんでお見通しなんだよーん)
リビングで咲が忠道と挨拶をしている。それを視界に入れながらお茶を淹れようと四苦八苦している柊を、楓は追っかけてきた。二人は大人たちに聞こえないように小さな火花を散らしている。
何を使って湯を沸かせばいいのか、茶と言ってもどれを使ってどのくらいの量を入れればいいのかさっぱりわからない柊は、苛立ちながらも楓に助けを求めた。それに気づいた楓はニヤリと目だけで笑って柊を追い払う。
「あっち行ってなさいよ、私がやってあげる」
「つかさ、お前、茶とか淹れられんの?」
「いつも福田さんがやってるの見てるもん。キッチンにほとんどいないあんたよりマシよ」
言いながらポットに水を入れたり湯呑みを取り出す楓に新鮮な驚きを感じながら、しぶしぶその場を彼女に任せて咲の許へ向かった。
◇◆◇
「息子が我儘を言って申し訳ありません」
「いえ、そんな。むしろお気遣い頂いてしまって……」
「我が家だと思って寛いでいただきたい。見ての通りむさくるしい男所帯ですが」
咲は笑って首を振り否定する。そこに柊が割り込んできた。
「そーだよ! 気が向いたら遊びに来てくれていいんだよ? 晩飯作りたくないときとかさ、ウチに食いにくればいいし」
「お前、楓ちゃんに働かせて逃げてきたのか」
キッチンで作業している楓に目をやりながら、忠道はため息をつく。どこからどこまでも甘やかしてしまったと、また自分を振り返って反省した。
「ちげーよ、楓がやるって言ったから……」
「そうだよん、おじさん。だって柊がお茶なんか入れられるわけないし」
言いながら丁寧な手つきで人数分の茶を並べる。普段の飛び跳ねるような元気さとは打って変わった様子に、咲も驚きを隠せなかった。
「つか、自分ん家だと思えって、なんで親父が言うかな」
「いけなかったか?」
きっと柊も同じことを思っているだろうと口にしたのだが、何故かへそを曲げているようにそっぽを向く柊を見つめていると、微かに頬が赤らんだ。どうやら自分が言いたかったのに先を越されたことが面白くないらしい。
「あ、これ、つまらないものですが……」
咲は持参した紙袋を、思い出したように忠道に差し出す。開けてみたらマドレーヌが綺麗に並べられていた。
「これは……」
「すみません、突然のご招待だったので、お店に買いに行く暇が無くて……」
「うっそ、まじ?! 咲さんの手作りだー!」
開けた箱から甘い香りが立ち上る。真っ先に飛びついたのは楓だった。
「おじさん、咲さん、料理超上手なんだよ! 絶対美味しいよー」
「楓ちゃん、そんなことないから……」
「そうなんですか。うん、とても美味しそうだ」
「だからなんで二人が先に食ってんだよ! 俺もー!」
皿やフォークを用意してもらおうと腰を上げかけたが、次々と箱に手が伸ばされる。旨い旨いと言われると、それが嬉しくて水を差すことは言えなかった。
「あ、手づかみだめだった?」
指についた欠片を舐めながら、今更のように柊が咲を覗き込む。つまみ食いがバレた子供のようで、咲は思わず吹き出した。それにつられて忠道たちも笑い出す。
「なんだよ! 俺だけじゃねーじゃん!」
「いいから、咲さんの分の皿とフォークを持ってこい。さっきから俺達だけで食べてしまってるだろう」
ハッとしたように柊が箱を覗き込むと、確かにかなり残り少なくなっていた。柊は慌ててキッチンへ走るが、しかし。
「楓! 皿ってどこ?!」
「もー、ほんと使えないなぁ、柊は」
わざとらしくよいしょ、と言いながら楓が立ち上がる。離れたところでまたもや言い合っている二人を、咲は楽し気に見つめていた。
その咲の姿を、何かと重ねて見ている自分を、忠道は自覚していた。
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