第91話

「ただいまー」

 翌日、柊は咲を伴って自宅へ帰った。

 前日に頼んでいたから父は在宅のはずだと思い、そのままリビングへ向かう。その途中で迎えに出てきた父と出くわした。


「おかえり。早かったな」

 忠道は言いながら、息子の横に立つ女性を見つめる。

「お休みの日に申し訳ございません。真壁と申します」

 柊が紹介しようとするより先に頭を下げながら名乗った。昨夜息子が泊まったのは女性の家だったのかと、驚きを隠せない。

「いえ、こちらこそ息子がお世話になりまして……。さ、どうぞ」

 咲は頷き返し、柊を見返す。やけに嬉しそうな柊が父の後に続き、咲はその後ろから入って行った。




「えーと、あのさ親父、咲さんとは……」

「息子がご迷惑おかけしてないでしょうか。昨夜も遅い時間にお邪魔したみたいで」

 柊の言葉を遮り、忠道から咲へ話を始める。不貞腐れた様子の柊とは反対に、咲は何かを読み取ったように表情を引き締めた。

「ご迷惑という点では、こちらこそです。息子さんをお預かりするのに、今まで一度もご挨拶せず、誠に申し訳ございませんでした」

 玄関でも下げた頭を、今一度深く下げる。咲にしてみれば、何を置いても言わなければいけない詫びだった。


「柊、少し部屋に行ってなさい」

「え? なんでだよ、だって咲さんが」

「いいから。父さんと真壁さんとで話させてくれ」

 ムッとしたように顔をしかめる柊に、咲も向き合う。

「少し時間貰っていい?」

 父相手ならわがままも言えるが、咲に頼まれては飲むしかない。渋々頷いて、柊は自室へ向かった。


◇◆◇


「あの、いきなりで申し訳ないが、息子とは、その……」

「……一年ほど前、偶然知り合いまして。それから何度か顔を合わせることが続きまして」

「それからずっと、ですか?」

 咲は一瞬固まったが、誤魔化すわけにはいかないと首を振る。

「料理を教えて欲しいと柊くんに頼まれまして、何度か来ていたことはありますが、夜遅かったことが重なったのでお家の方が心配されたようで……」

 忠道は去年の柊を思い出す。唐突に花枝を首にしろと談判してきた。きっと何か揉めたのだろうと察し、頷く。


「私が軽率でした。夕食の時間までお預かりするなら、その時点でご両親にご連絡しておくべきだったのですが」

「あいつも高校生です。そこまで真壁さんが責任を負われる必要はないでしょう」

 咲は首を振る。

「その後から、私のほうから柊くんとは距離を置きましたが、またお会いしまして。であれば、ちゃんとご挨拶したほうがいいかと」


 そうですか、とつぶやいて、茶を一口含んでから忠道は自分が気になっていたことを聞いた。

「単刀直入にお伺いします。息子とは男女の関係なのでしょうか?」

 忠道の質問に、咲は飛び上がるほど驚いた。驚きすぎて返事が出来なかったが、ハッと我に返り全身で否定した。

「ま、まままさか! 高校生ですよ、柊くんは! あの、ご本人からお聞き及びか分かりませんが、柊くんが補導されたことがありまして……」

 今度は忠道が仰天した。補導?! 

「息子が、ですか?」

「はい。あ、柊くんは何も悪くなかったみたいです。酔っぱらったサラリーマンに絡まれてケンカになっちゃったみたいで。警察に保護者に連絡するよう言われたそうなのですが、何故か私のところに連絡が来まして、迎えに……」

 息をつめて話を聞いていた忠道は、大ごとではなかったと分かり脱力する。そしてさっきの咲以上に深く頭を下げた。

「本当に知らなかったとはいえ……、ご迷惑ばかりかけてたんですね」


 まったくあいつは、と独り言ちる忠道を、咲は安堵しながら見つめていた。父と上手くいっていないと柊は言っていたが、十分理解がある父親に感じた。母がいないと言っていたが、父親がしっかり彼を受け止めてくれるなら心配はいらなかった。


 立派な家を見ればどれほどの財産があり、そのためにどれほど忙しいのかも想像がつく。そんな中、片親でも思春期の息子と向き合おうとする苦労を、咲は羨ましいと思う気持ちを止められなかった。

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