第6話
食事をして夜九時まで、という予定を再度確認すると、咲は頷いた。
(ホスト、みたいなものなのかな。……実物見るのは初めてだけど)
「咲さん、何食べたい? 何でもいいよ、俺……僕は好き嫌いないからね」
咲は一人称を言い直した柊に、クスリと笑った。
「俺、でいいよ。そんな気使わないで。そうだな……最近外食とかしてないから、どんなお店があるのか分からないの。お勧めはある?」
柊は逆に聞き返されて、うーん、と悩んだ。いつもなら酒も飲める店に連れて行くのだが、何故か咲をそのように扱いたくなかった。
腕を組んで考え込んでいる柊-マコト-に、咲は続けて言った。
「例えば、マコト君がお母さんとご飯を食べに行くとしたら、どこに行くの?」
咲の言葉に、柊の思考が停止した
(そんなの……分かるわけがない)
経験もなければ、もしも、という想定をしたこともない。する気もない。
先ほどまでの温かい何かが、スッと冷えるのが自分でもわかった。
柊は、ふう、と一つ息を吐くと、咲に振り返った。
すでに気持ちも表情も『マコト』から『柊』に戻っていることも自覚した上で。
「そんなの知るかよ」
唐突にぞんざいな物言いになったマコトに、咲は驚き、身を硬くした。何故、急に……?
「そんなのと飯食う気になんかなるかよ……じゃあな」
そのまま柊は立ち上がり店を出て行った。
◇◆◇
咲は混乱していた。どこへ行く? という相談をしていただけなのに、二、三言交わしただけでマコトは豹変した。
静かに去っていく背中を見つめていくうちに、自分の体が、心が、どんどん温度を下げていくのが分かる。頭の中でたった一つの言葉がリピートしていた。
待って。待って、待って、待って待って。
行かないで。
「マコト!」
思わず名を呼びながら椅子から駆け出したとき、咲の視界が暗くなった。世界が反転する中、視界の中でマコトが振り返ったように、見えた。
◇◆◇
咲が目を覚ましたのは、見知らぬ部屋の中だった。自分は横になっているらしい。
思考を巡らせ始めた途端、強い頭痛を感じ、思わず声をあげる。
「あ、起きた」
頭を押さえながら声が聞こえた方向へ目線を向けると、柊がペットボトルを持って立っていた。
「起きれるなら飲みなよ。貧血じゃね? 顔、真っ白」
そう言いながら手にあるものを渡してくる。咲は言われるがまま受け取るが、その次にどうしたらいいかを決めることも出来なかった。
呆然とペットボトルを凝視している咲に、柊が近づく。
「貸して」
もう一度咲から受け取ると、キャップを開け、勢いよく口に含んだ。そしてぼんやりした表情の咲に、いきなり口づけた。
「ぐっ……」
驚いたのと口を塞がれたのとで思わず息が詰まる。しかし冷たい液体が口内に流し込まれたことで、口移しで飲まされたと気が付いた。
咲が液体を嚥下したことを確認し、柊は顔を離す。
「スポドリ。水よりは栄養あるだろ。……気分は?」
平坦ながらも、少しは気遣うような気配をにじませた声に安堵しながら、咲は口を開いた。
「頭が痛い、かな。……ここは?」
「ホテル。さっきのカフェの向かいのビジホだよ」
カフェ……。そうだ、カフェで、お茶してて、この子に声かけられて、名前が『マコト』だって知って……、そして……。
「あ、勘違いすんなよ。あんたが急に倒れたから、ここに連れてきただけ。やばいようなら自分で病院行けよ」
少しずつ事態が把握できて来た咲は、頭に響かない程度に小さく首を振る。
「大丈夫、ごめんなさい、迷惑かけて」
キャップが開いたままの飲料に、今度は自分から口を付ける。ほんのり甘い水分がやけに美味しく感じた。
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