第5話

 柊は待ち合わせ相手を、気づかれないようにそっと観察した。

 まるで葬式帰りのように上から下まで黒づくめ。ただ、首に飾られた真珠のネックレスが眩しいほど輝いていた。


(真珠って地味なイメージだったけど、こんなに光るものなんだな)


 カップに添えられた手には指輪などはなく、ネイルもしていない。メイクも地味で、例え食事だけだとしても金で男を買うような女には見えなかった。

 しかし、そう断言出来るほど、柊もこの仕事の経験が豊富なわけではない。むしろ数メートル離れても香水が漂ってくるようなタイプは苦手なので、柊としても好都合だった。


「すみません、改めてですが、お名前伺ってもいいですか?」


 失礼にならないよう、自分の名を告げてから相手の名を訪ねる。宗司はそれすら教えてくれなかった。というより彼も急な穴を埋めるために焦っていたのかもしれない。

 そうして改めて相手の女を見ると、目を丸くして固まっていた。まるで、信じられないものを見ているかのように。


(な、なんだ……? もしかして未成年ってバレたかな)


 自分に後ろめたいものがあると、人間はそちらに気が向くものだ。柊は相手の不審な態度よりも、身の置き所のなさを感じてしまった。

 しかし、女はハッとしたように身動ぎすると、背筋を伸ばした。


「真壁咲といいます。えと……、マコト君、で、いいのかな?」


 柊は、女の口から出た自分の偽名に、不思議な温かさを感じた。だがこの時は、そこに気を取られる余裕はなく、自分が疑われていなかったことが分かったことへの安堵で気が緩み、気が付けば微笑み返していた。


◇◆◇


 普段ならあり得ない。面識どころか、恐らく自分を他の誰かと間違えて声を掛けてきたのだろう男に名を名乗るなど。でも。


(マコト……)


 どういう偶然だろう。今日、このタイミングで、同じ名を持つ人に出会うなんて。

 咲は目の前の男から目が離せなかった。それと同時に、先ほどまで感じていた不信感が全て吹き飛んでいた。それどころかもっと一緒にいたいと、少しでいい言葉を交わしたいと願い、気が付けば求められるまま名を告げていたのだった。


 咲は、間違いだと分かっているこの場だけの関係を受け入れることにした。これは『マコト』からの贈り物だと思うことにした。


◇◆◇


「咲さん、ですね。えっと、先に謝っておきます。本当は別の者が来るはずだったんですが、急用で来れなくなって……。で、僕、代打なんです」


 本来の担当が、客の指名だった場合はドタキャンは最悪だ。その辺も聞かずに引き受けた自分の安易さを、今更ながら後悔している。もし客がNGと言うなら即宗司に連絡を入れようと身構えた。


「ううん、いいの……。マコト君は、大学生?」

 柊は頷く。高校生というのはさすがに拙い。このバイトをしている時は帝東大の一年生を名乗っている。何かあれば宗司が身元を保証してくれることになっている。

「そう。……こんなおばさんと話が合わないかもしれないけど、よろしくね」

 咲の言葉に、柊は違和感を感じる。おばさん、って。

「いや……、咲さんはそんな感じしないです。もっと若く見えますよ」

「そうかな……。うん、ありがとう。マコト君は優しいね」


 また、最初に名乗ったときの温かさを感じる。自分の本当の名前ではないが、咲の口から名を呼ばれるたびに感じる、温かい安心感。


(もしかして子持ちかな。育児に疲れて、ってところか)


 どんな理由でこのサービスを利用するかなんて、客の自由だから、そこは言われない限り聞くことはない。ただ、会話の中から想像して接することはコミュニケーションのコツの一つだ。

 柊は咲を、そのように想定した。そして、ほんの少しの痛みも感じたが、気づかないふりをした。


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