第4話

 授業中に柊のスマホが鳴動する。珍しいと思いつつそっとポケットから出すと、宗司からだった。


『悪い、今日の夕方一件だけ緊急で入ってくれないか。他に行ける奴がいないんだ』


 楓との約束があったのでコンマ一秒迷ったが、柊は了承の返事をする。すぐに待ち合わせ場所と相手の情報が送られて来た。


『助かる。バイト代色付けるからな』


 金のためにやっているわけではないから、そういうのは必要ないと思いつつ、そのメッセージに対しても了解の返事をしてスマホを仕舞った。


◇◆◇


「えー?! やっぱダメって、なんでー?!」

 案の定、キャンセルを申し出ると楓が暴れた。なんでーなんでー、と繰り返すが、急用だ、とだけ告げて教室を後にする。後ろで騒いでいる声が聞こえるが、柊は気にしない。ああして駄々を捏ねてもしばらくすればけろっとしている。楓の、その切り替えの早さと後を引かない性格があるからこそ、柊もなんだかんだと彼女との付き合いを続けているのかもしれない。


 あっという間に帰って行った柊の背中に楓があかんべーをする。友人たちが笑いながら寄ってきた。

「あーあ、楓フラれたー」

「残念だったね、おしゃれしてきたのに」

 そう言いながら、カールした楓の毛先をつつく。そうだ、今日は久しぶりに柊と遊べると思ったから頑張ったのに、どうせ柊は気づいても居ない。


 楓は内心かなり気落ちしながらも、あえて友人に泣き真似をした。

「えーん、淋しいよ~。誰か淋しいウチと一緒に遊んでー」

 笑いながら皆が慰めてくれる。じゃあカラオケ? などと言いながら楓を中心にした一塊になって歩き出した。


◇◆◇


 柊は走って家に帰り、着替えを済ませると、夜には帰るとだけ花枝に告げてまた家を飛び出した。


(食事まで付き合って終わりならまだ楽だな……。ただ、その後引っ張るような客じゃないといいんだけど)


 サービス業の一種だから客に喜ばれ気に入られるのは悪いことではない。ただ気に入られすぎて連絡先やプライベートでの約束を要求してくる客も少なくない。揉めそうな空気になったら宗司が間に入ってくれるのだが、やはり可能な限りは自分だけで対処したい。


 スマホの経路案内を開きながら目的地であるカフェを探した。店内に入ると、次は対象者探しだ。


(えーと、三十歳の会社員で、って……宗司さん、これだけじゃわかんねーよ!)


 追加情報を得るために宗司に電話を掛けつつ店内を見渡していると、ふと、入り口で立ち尽くしている柊と目が合った女がいたことに気づいた。


(あ、あれか)


 柊はほっとして通話を切り、作り笑いを浮かべて女のテーブルへ歩いて行った。

「ごめんなさい、遅くなりました。今日はよろしくお願いします」

 指示通り依頼者と会えたことに安心し、椅子に座った。ウェイターにアイスコーヒーを頼んだり、走ってきたせいで乱れた髪を直したりしていたため、相手の驚きの表情に気を配る余裕はなかった。


◇◆◇


 咲は突然自分に話しかけてきた若い男に驚き、声も出なかった。


(誰、この人……)


 彼が発した言葉からすると誰かとの待ち合わせのようだが、しかし完全に人違いだ。咲は帰り道に一人で休憩していただけなのだから。

 しかし、待ち合わせなのに、全く見知らぬ人間に話しかけることなどあるのだろうか。間違えていることに気づく様子もない。


「あ、あの……」

「この後、どうします? 夕食にはまだ早いですよね、もうちょっとゆっくりしてからにしましょうか」


 ニコリと笑う姿は本当にまだ若い。もしかしたら未成年かな、と思いながら、咲からは何も返せずにいた。


「あ、自己紹介がまだでしたね。僕はマコトと言います」


 続けて告げられた男の名に、咲は雷に打たれたような衝撃で動けなくなった。

 

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