貨幣経済

かねも、一応は流通してる。してるが、使える場所がとにかく少ない。そもそも、金の真贋が十分に担保されてねえんだ。だからどうしても物々交換が多くなるし、その方がありがたがられる。


なんだな。前世の世界でも<キャッシュレス化>ってのが言われ出したのは俺が生まれる以前だったそうだが、実際にそれが当たり前になったのは俺が定年を迎える頃だった気がする。


そんな感じで、貨幣経済の導入は、都市部はまあ進んでるんだとしても、この手の僻地の集落まではまだまだって感じか。


その所為もあって、生活に絶対に必要な物品を作る仕事は、ある意味じゃエリート職なんだよ。まともなもんさえ作れれば食うに困ることはまずない。物々交換で食い物が手に入るからな。


あと、需要とのバランスが保たれている限り、基本的に同業者に煙たがられることもない。基本的に一つ一つ手作りだから生産能力が限られていて、よっぽどじゃない限り供給過多になることもない。むしろ『早くしてくれ』とせっつかれてうっとうしい思いをすることも多い。下手をすると客同士が、


「俺が先だ!」


「いやこっちが先だ!!」


とケンカを始めることさえある。そうなると実にメンドクサイ。


そんなわけで、麓の村がちゃんと機能してくれればこっちもまあ、生きていくだけなら過不足ない生活ができるようになると思う。


ただなあ、変な話、『腕が良すぎる』と今度は変に注文が集まり過ぎてこれまた面倒なことになるというな。だから、職人同士で<談合>して、品質を上げ過ぎないようにという暗黙の了解があったりもするんだ。


かと思うと、そういうのを無視してやたらいいものを作って人気を集めて市場を独占しようとして同業者から妬まれて<事故死>したなんていう話も聞いたことがある。ま、それ自体は人伝の噂話だから、事実かどうか俺は知らないが。


でもまあ、そんな噂話が出るくらいだから、腕そのものは上げていきたいと思うものの、やたら気合を入れるのも違うんだろうなとは思う。<職人の拘り>なんてのも、結局、社会がもっと成熟して大きくなってからの話なんだろう。今はまだまだそこまで至ってないんだよ。


そんなことより<明日の食い扶持>が大事ってな。


で、頃合いを見てでかい鍋の湯を風呂に注ぎ込む。そしてまた風呂の湯をでかい鍋に汲んで、湯を沸かす。<保温>のためだな。沸かしてる間にも風呂の湯は冷めるから。


なんてことをしてるうちに日が暮れてきて、


「ただいま戻りました」


リーネとトーイが果実と木の実と野草を採って帰ってきたのだった。


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