トーイの章

アントニオ・アーク

俺の名前は、アントニオ・アーク。そして、前世での名前は、阿久津安斗仁王あんとにお。前世では八十歳で死んで、今の自分に転生し、五歳の時に生死の境を彷徨ったのをきっかけに前世の記憶を取り戻してしまった男だ。


でも、俺は別に、アントニオ・アークとして生まれた奴の人格を乗っ取ったとかそういうんじゃないぞ? あくまで俺自身がアントニオ・アークとして生まれ変わって、その上で前世の記憶がよみがえってしまっただけだ。


まあその所為で、アントニオ・アークとして育ってきた俺自身の人格に変化は生じてしまったけどな。


とは言え、そうでなくても成長と共に変化はしていくわけだから、それのちょっと特殊な事例だと思えばいいんじゃないかなとは感じてる。確かに戸惑いはしたが、別にあんまり大きな不都合も感じていないしな。


ただ、よくある<現代知識無双>的なことはできてない。俺の持ってる知識を活かせる環境も道具も素材も何もないからだ。しかも俺は、自分じゃインスタントやレトルト食品を用意したり飯を炊いたりってこと以外にはまともに料理もしたことないから、そっちの知識もない。


だが、前世の八十年分の人生を、全く別の人間の視点で振り返ることができたという点については、大きな意味があったと思う。おかげで俺は、前世の自分がどうして後悔しかない人生しか送れなかったのか、自覚することができたしな。


八十年も生きてても、『自分こそが正しい、間違ってるのはいつだって自分以外の誰かだ』なんて考えてて客観的なものの見方ができるわけないってのをつくづく思い知ったよ。


それによって、自分が女房や娘から敬ってもらえなかった原因も察することができた。それを活かして、今、俺は幸せな毎日を送れてる。


「トニーさん、お食事の用意できましたよ♡」


笑顔でそう言ってくれるこの子は、リーネ。戦争から逃れるために難民として避難してる途中で滑落して仲間に放って行かれた俺を救ってくれた娘だ。そのリーネも俺がいた村とは別の村から難民として避難中に仲間とはぐれて、俺と同じ境遇になったというわけだ。


もっとも、俺もリーネも、元の村や仲間には何の未練もなくて、無理に合流しようという気にもなれなくて、こうして二人だけで暮らし始めたけどな。


この世界はな、子供は親にとっては都合のいい道具であり奴隷であり家畜に過ぎないんだ。それでもこっちでもすでに二十年生きてきた俺だが、親には恨みこそあれ愛情なんか欠片もない。親も、子供が死んでも『また作ればいい』って考えてる奴ばっかりで、しかもリーネはそんな親すら亡くして叔父夫婦の下でそれこそ奴隷や家畜として生きてきたんだよ。


そんな生活に戻るくらいなら、二人だけでこうしてのんびりやってくのもアリとは思わないか?


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