リーネのためという以上に
『リーネが笑顔を見せられる俺だという実感が、俺自身を癒してくれる』
冗談抜きで、前世でそのことに気付いていればと思う。
『女房が笑顔を見せられる俺だという実感が、俺自身を癒してくれる』
それに気付いていれば、女房や娘に当たり散らすことでストレスを転嫁する必要もなかったかもしれねえ。そうすりゃ女房も娘も俺を労わってくれてたかも知れねえ。
俺が、女房や娘を労われるような人間だったら……
もちろんそんなのは、ただの<たられば>だ。今さら気付いても前世は変えられねえ。
だったら、それこそ<これから>を見なきゃいけないよな。今、俺の傍にいてくれるリーネの笑顔を守ることが、俺自身を守ることになるんだと強く思う。
他でもない俺自身のために、リーネを労うんだ。リーネのためという以上に。
そうだな、『リーネのために』って考えてたら、ひょっとしたら俺は、
『お前のためにここまでやったんだから、その恩を返せ』
みたいに思ってしまうかもしれない。と言うか、そんな風に思ってしまう予感しかない。
それじゃ駄目なんだ。その押し付けがすべてを駄目にした。俺の人生を虚しいものにした。その実感がすごくある。
なにしろ、なにが原因だったかは覚えてないが、女房が、
「あなたのために私がこうやって家のことを頑張ってあげてるんじゃない!!」
と声を荒げた時、俺も、
「うるせえ! 俺が稼いだ金で生活してるくせに調子乗んな! この寄生虫が!!」
とキレ倒したことがあった。女房が恩着せがましく『あなたのために』とか言うから余計にムカついたんだって今なら分かる。そして、俺がそうやって相手に恩着せがましくされたらムカつくんだから、相手も同じかもしれないと、まともな想像力がありゃあ気付いて当たり前だったかもしれないことに当時の俺は気付かなかったってことが悔しい。
俺は本当にバカだったよな……女房も、俺の金目当てに打算で結婚した程度の女だったかもしれないが、それ以上に俺がバカだった。
経済力しか見るべきところがねえ男だったんだ……
まったく……
そりゃあんな男が<幸せ>なんか掴めるわけないよな。自分で幸せを潰していってたんだから。
なんでも俺の思う通りになることが幸せだと思って、思い通りにならなきゃキレて。
世の中、なんでも自分の思い通りに行くなんてことがあるわきゃねえじゃねえか。少し考えりゃ分かるだろ。
ちくしょう……
「トニーさん……?」
なんか、気持ちが昂ってしまって顔を伏せた俺を、リーネが心配げに覗き込んでくれていた。
ありがとう…リーネ……
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