誇れる父親

ある程度はナイフで刈ってあったものの、短く毛が残ってるそれを、毛を外側にして縫い合わせていく。しかし、これを口に入れて噛んでたんだから、さぞかし口の中が毛だらけになっただろうな。俺も、自分がかつてやらされた時のことを思い出してげんなりする。


『今度からは樹皮鞣しで作ろう……』


昨日のネズミの皮を見ながら思う。樹皮を煮た汁に皮を漬け込んで鞣す方法だ。ちょっと手間も時間もかかる上に、正直、イノシシとかの皮ともなってくるとその方法ではいささか無理があるが、ウサギやネズミ程度の皮なら厚みも知れてるし、それで何とかなるはずだ。でもその前に、まずこれを完成させないと。


針は、草刈り鎌を作った際の破片を使って自分で作った。まあ、<針>と言うよりも<釘>に近い大きさと太さだけどな。しかも、針穴を作る技術もないから、一部分を細くして、そこに蔓をほぐした繊維を糸にして括りつけ、革を縫っていくんだ。


こうして、ものすごく不格好な<ミトン>状の革手袋がなんとか出来上がった。それを持って庭に出て、


「リーネ、一休みしようか」


と声を掛けた。軽く食事にするためだ。そして、


『手袋も作ったから、草を持つ方の手にこれを使ってくれ」


とも声を掛けた。


「あ、はい! 分かりました。ありがとうございます!」


彼女はまた笑顔で応えてくれる。で、果実と木の実で昼食にした後、早速、俺が作った不格好なミトン状の手袋を左手に付けて、右手で鎌を使って、草刈りを再開。


それを見届け、俺は今度は、樹皮鞣しをするために樹皮を煮る用の<鍋>の制作に取り掛かる。


まったく、果てしない作業だよ。まあまあ雨露をしのぐ程度なら十分だったこの家だが、普通に生活するとなると、やっぱり足りないものが多い。鍋もその一つだった。主人が死んだ後で持ち去られたんだろう。それで考えると、家を修理するための道具が残っていたのは幸いだ。まあ、この家の前の主人の性格なのか、ちょっと分かりにくいところに隠すように置かれてたからだろうが。


家族がいたならそれこそ全部持って行ってただろうから、きっと一人暮らしだったんだろう。死んだ時もいわゆる<孤独死>だったに違いない。


俺も、リーネがいなきゃそうなってたかもな。もっとも、彼女が嫁にでも行きゃ、やっぱり孤独死まっしぐらのような気もするが。


なんてことを、今の時点で考えても仕方ない。まずは目先の一つ一つを確実にこなす。


地金を炉で焼いて、鎚で打つ。カーン! カーン! という固い音と、飛び散る火花。これ自体が俺の<命>だ。俺が生きてる証だ。職人としてどのレベルにまで至れるかは自分でも分からないが、恥ずかしくない仕事はしたいと思う。


<リーネにとって誇れる父親>


で、いたいよな。


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