鉄を焼いて、叩いて、伸ばして、形を整えていく。ひたすら、ただひたすらに。


こうして鉄を打つと、心まで透き通っていく気もする。まあそれは『そんな気がする』だけなのも事実だが、少なくともストレスは霧消していくな。なのに、俺の今世の父親は、俺を殴ったり蹴ったり罵ったりして自分の憂さを晴らしていた。


鉄を打ってるだけじゃストレスが解消されないタイプなのか、それとも、本当は嫌々仕事をしてるからストレスになってたのかは知らないが、どっちにしても子供には関係ない話だ。大人のクセにその程度の対処もできないのか?と思う。


もっとも、前世の俺もまさしく今世の俺の父親と同類だったから、偉そうには言えないが。


それでも、リーネに対しては理不尽な親でいたくないと思う。ちゃんと、自分のストレスは自分で対処して、子供を<ストレス発散の道具>にしないようにしたいと思うんだ。


前世の俺は、まさしく『他人をストレス発散の道具にして』た。女房も娘も部下も、そのためにいるんだと勘違いしてた。だから誰からも信頼されなかったし、慕われなかった。完全に俺自身の所為じゃないか。まったく……


こういう考え事をするにも、この仕事はうってつけだな。考えながらも体は勝手に鉄を打ち続ける。それこそ、頭の中では何を考えていても体が勝手にいいものを作り上げていくくらいになれれば、それはある意味、<達人>なのかもしれない。


そうだな。頭で何考えてようが体が勝手に一定の品質を確保してくれるなら、これも一種の<無我の境地>かもしれないしな。


……違うか? いや、頭と体が切り離されてるなら、体の方は完全に<無我>だと思うんだが……まあ、その辺はどうでもいいか。


とにかく、俺はひたすら鉄を打ち続けて、部屋の中が薄暗くなり始めた頃に、やっぱり不格好ながら大まかな<鍋>の形を作り出していた。


それは、前世の俺が<鍋>と言われて頭に思い浮かべるようなそれじゃなく、いわゆる<中華鍋>に近い形状のもので、底の部分をなるべく平らに近付けて安定して置けるようにしたものだ。


大きさは、直径約三十センチってところかな。深さは十センチ弱くらい? このサイズなら、まあまあいろんな用途に使えるだろう。仕上げは明日だな。


「わあ、お鍋ですね!?」


草刈りを終えて戻ってきたリーネが、俺が手にしていたそれを見て声を上げた。


「おう。完成は明日になるが、いろいろ使えると思う」


という俺の言葉に、彼女は、


「お料理もできますね。私、頑張ります…!」


嬉しそうに言ってくれたのだった。


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