彼女にとってのみ価値がある

『たからもの』


彼女は小石をそう言った。それで俺もなんとなく察してしまった。幼い子供って奴は、ただの石ころを<宝物>にしたりすることってあるよな。だからリーネのそれも本当にただの石ころで、彼女にとってのみ価値があるものなんだろうな。


辛い毎日の中でふと目に止まった小石を心の支えにして生きてきたんだろう。


前世の俺なら、間違いなく、


『くだらねえ! ただの石ころじゃねえか!』


と嘲笑っていただろうな。でも今の俺は、他人が心の支えにしているものを嘲笑うってのを不快に感じる。自分が不快に感じることを他人に向けてやるってのは、そりゃ、嫌われて当然じゃねえか。


前世の俺は、そんなことさえ気付いてなかった。まあ、それに気付いたからって<聖人君子>になんかなれねえけどよ。聖人君子にゃなれねえが、ちょっとくらいは自分を省みることはできる。すると、


「ありがとうございます」


リーネが小石を握り締めながら礼を口にした。俺が小石を捨てなかったことに感謝してるらしい。


そうだな。こんな川原で何の変哲もない小石なんか投げ捨てたら、もう見付からないだろう。リーネのゴネルから出した最初の時点で投げ捨てなかった俺、GJだぜ。


思えばその時も、リーネは不安そうに見てた気がする。俺が小石を投げ捨てないか、もし投げ捨てたらそれがどこに落ちるか、見過ごさないようにとしてたんだろうな。


そして俺は、自分でも意識しないままに、


「そうか……大事なものなら、失くさないようにしねえとな……」


彼女の頭をそっと撫でていた。ヤバい…! 前世では娘にこんなことした覚えがねえ。それで俺は父親面してたのか? 金だけ家に入れてりゃ<父親>だとか、それじゃ、困ってる子供に支援するだけで誰でも<親>になれちまうじゃねえか。


しかも俺は、リサに使うために給料の半分以上を抜き取ってから、残りを渡してただけだしな。


馬鹿すぎる……


自分の親がそんなことしてて俺はそんなのを尊敬できるか? できねえな。それが<答>じゃねえか。


くそったれが……


リーネを見つめながらも、俺は、そんなことを考えてしまっていた。


前世の八十年は、後悔しかなかった。


結婚したことも、子供を作ったことも、リサに金を使ったことも、何もかも後悔にしかなってねえ。


もちろん、前世と違うようにすれば今度こそ後悔のない人生を送れるかって言われりゃそれもまったく保証の限りじゃねえが、少なくとも同じことをやる気にはなれねえな。


なにより、俺は、<前世の俺>を軽蔑しかできねえしよ。


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