好かれる要素
とにかく、<アントニオ・アーク>として<
<好かれる要素>
がまったくねえことに愕然となる。
『仕事を真面目にこなす』
なんて、別に普通のことじゃねえか。それが<取り柄>になるなんて、おかしくねえか? 俺がこっちで住んでた村の連中だって、二百人以上いたが、まともに仕事もしねえのなんて一人か二人だったぞ? ほとんどの奴が、文句言いながらでもまともに仕事をこなしてた。
前世での俺の稼ぎだって、特別多かったわけじゃねえ。三十年ローンで建売住宅の家を買うとか、何か特別なことか?
なのに、偉そうにふんぞり返って王様みたいに振る舞ってて、そんな奴のどこに<魅力>がある? どこに敬う要素がある? 俺がやってた程度のことができる奴なんざ、いくらでもいるじゃねえか。
普通のことができるだけで王様気取りとか、今の俺が女だったら、そんな男、選ぶ理由がねえな。他の<優良物件>が売約済みで、しかも自分が結婚しなけりゃならないと焦ってたりしたら、
『こいつでいいか』
で妥協することはあったとしてもな。
『こんなんじゃ結婚もできない』
とかネットで嘆いてる底辺の奴らを見て『俺はこいつらと違う』とか安心してたが、そいつらはそれこそ底辺だからそんなだっただけで、俺だって、
『ギリ、底辺じゃない』
ってだけじゃねえか。横を見りゃそれこそ俺レベルの奴なんざいくらでもいたし、俺より上の奴らだって当たり前にいた。
『上見て暮らすな、下見て暮らせ』
とはよく言ったもんだな。だが、それで思い上がってたんじゃ、俺の人間性の矮小さを自分で証明してるだけじゃねえか。
くそう……
そんなことを思い出してしまって、俺は陰鬱な気分になっていた。すると、
「あの……大丈夫ですか……?」
不意に声を掛けられて、ハッと頭を上げる。その視線の先には、焚火越しに俺を心配そうに見つめるリーネの顔。
「もしかしたら、具合悪いんですか? 服、返した方がいいですか?」
言いながら、俺が貸したゴネルの袖から手を抜こうとする彼女に、
「あ、いや、そうじゃねえ。ちょっと嫌なことを思い出してただけだ。体は何ともねえよ。気にすんな」
俺は少々慌てた感じで言ってしまった。それが自分でもなんだか滑稽で、つい、笑いがこみあげてしまう。
まったく、こんな俺を気遣ってくれるとか、とんだお人好しだな、こいつ。
しかし、悪くない。悪くないな。
それは、少なくとも今の俺が、こいつにとっては、
<気遣うだけの価値がある相手>
だという証拠だからな。
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