俺様野郎

こうして洗濯を終えて火を熾して、さらに少し気温も上がってきたところで、俺は、自分が着ていたゴネル(膝くらいまで長さがある、女が着るワンピースみたいな形をした服)を脱いで、


「お前のが乾くまでこれを着ていろ」


と、落ち葉に埋もれたリーネに差し出した。


「は…はい……」


彼女は戸惑いながらも落ち葉の中から這い出してそれを受け取り、体についた落ち葉を掃って俺のゴネルを頭から被って着た。


俺のだから当然リーネには大きすぎる。それこそシーツを体に巻いているような印象の見た目になった。袖も長くて手が出ないから、俺が折り返して手が出るようにしてやる。裾も地面についてしまうから、大きくたくし上げて、俺がゴネルを腰のところで縛るのに使ってた縄で縛って調節する。


かなり不格好ではあるが、別に人前に出るわけでもないからこれでいいだろう。


そうして焚火の前に座って、二人で果実を食べる。俺は上半身裸だが、焚火に当たっていれば別に寒くない程度の気温だ。


俺の前で果実を食べるリーネは、最初に顔を合わせた時よりはいくらか表情が和らいで見える。俺に対する警戒心が少しずつ解けてきてるのかもしれない。子供らしい可愛げのある表情になってきてるんだ。


とは言え、俺は、前世で自分の娘の顔すらまともに見た覚えがなかった。少なくとも、こんな風にゆっくりと見た記憶はない。休みで家にいた時にも、女房が気を利かせて娘があまり近付かないようにしてくれてたしな。


……そうだ……女房は確かに、娘がまだ小さかった頃には俺に気を遣ってくれていた気がする。あの頃の俺は、それをまったくの『当たり前のこと』として考えて、気にもしてなかった。そうするのが<妻の役目>だと信じて疑っていなかった。


だが、いつからだ? いつから女房は俺に気を遣わなくなった? 娘が中学に上がったらしい頃にはもう、俺のことをまともに見ようともしてなかった気が……


いや、逆か? 俺が女房のことをまともに見てなかったのか……?


「どう? 何か気付かない……?」


娘がまだ赤ん坊だった頃に、女房がそんなことを訊いてきたことがあった。だが俺にはまるで見当がつかなくて、


「何言ってんだお前? それより今日の飯、味が濃かったぞ。俺が高血圧とかになったらどうすんだ。気を付けろ」


とか、吐き捨てるように言った覚えがある。


そうだ。あれはたぶん、髪形を変えたことを言いたかったんだ。今ならそれが分かる。なのに俺は気付かず、女房の料理にケチをつけたんだ。


はは……マジでムカつく<俺様野郎>だな……


俺が女房の立場だったら、ぶん殴っていたかもしれない。


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