【7】美女と野獣のバラぎょうざ

第20話 恋の予感はお花とともに

 おとぎ町に来てから、あっという間に三ヶ月が過ぎた。最近ではどんどん暑い日が増えてきて、季節が夏へと向かっていることを、ましろはまぶしい日差しで感じていた。



 そんなある日、ましろはクラスの女の子たちの恋バナを「ふむふむ」と聞いてた。


「となりのクラスの佐原君と結衣ちゃん、付き合ってるんだって~!」

「えぇっ! ウソ、いつの間に⁈」

「月曜日の放課後に、佐原君が告白したんだってさ!」


 ましろは、よく知ってるなぁと感心しながらうなずいていた。


「付き合うって、どういうことするの?」


 ましろがほんのちょっとの興味でたずねると、女の子たちは「ましろちゃんってば!」と顔を赤らめた。


「そりゃあ、二人で学校から帰ったり、お出かけしたり……」

「ご飯とかお菓子を作ってあげたり~」

「手をつないだり……、ほら、キスとか‼︎」


 キス!


 女の子たちの「キャ~!」という悲鳴の真ん中で、ましろも想像してドキドキしてしまった。


「ましろちゃん、私の『恋らびゅ』貸してあげるから、それで勉強しなよ!」


 友達が言ったそれは、ましろもタイトルだけは知っていた大人気少女マンガ。『恋してらびゅーん!』だ。


「わっ、わたしにはまだ早いかな……」

「そんなことないっ! よーんーでっ!」


 そして、戸惑うましろはグイグイせまられ、ついに『恋らびゅ』を貸してもらう約束をしたのだった。



 でも、ちょっと苦手なんだよなぁ……。


 ましろは以前、桃奈から「おじさんには彼女はいないのか」という話をされた時もそうだったのだが、実は恋愛の話が苦手だった。理由は、よく分からないからだ。


 好きな人がたくさんいる友達もいるけれど、ましろは、まだ初恋だってしたことがない。


「恋か~」


 口に出したからといって、すぐに恋が降ってくるわけがない。


 とりあえず、『恋らびゅ』を読んでみよう。でも、恥ずかしいから、りんごおじさんにはナイショにしよ。


 ましろは小学校の帰り道、おとぎ商店街の中をぶらぶらと歩きながら、《りんごの木》を目指して歩いていた。


 今日は、アリス君の新作スイーツを試食させてもらうのだ。「すっげぇうまいから楽しみにしとけ!」と、目付きの悪い目を細くして笑っていたアリス君への期待は、学校にいる間もどんどんふくらんでいた。


 どんなスイーツなのかな~? わくわくする!


「よっ! おつかれ!」


 ましろが上機嫌でスキップをしていると、背中側からウワサのアリス君の声がした。そして、スーッと自転車で隣に並んで来る。


「アリス君! 商店街は、自転車に乗っちゃダメなんだよ!」

「へいへい」


 ましろが注意すると、アリス君は渋々と自転車を降りた。自転車のカゴには高級な焼き菓子屋さんの紙袋が入っていて、つい注目してしまう。


「お菓子買ったの⁈」

「中身は、図書館の本だ。ましろ、相変わらず食い意地張ってんなぁ」


 アリス君にクスクスと笑われ、ましろは恥ずかしくなってしまった。けれど、お菓子屋さんの紙袋を再利用するアリス君もアリス君だ。勘違いしたって仕方がないと思う。


「どんな本借りたの?」

「洋菓子のレシピ本だろ、フランス語の本だろ、あと栄養学と、花の辞典」

「お花?」


 ましろが聞き返すと、アリス君は辞典の表紙を見せてくれた。とても分厚い辞典だ。


「白雪店長が、皿は花かごみたいなもんだ、って言ってたんだよ。ようは、季節の華やかさを意識するってことな」

「花かご……」


 たしかに、りんごおじさんの料理は花のようかもしれない。色鮮やかな花、落ち着いたきれいな花、満開の花──。お皿の上は、いつも見ていて楽しくなる。


「花のモチーフのスイーツとか、食用花もあるだろ? その辺の参考にしようと思ってさ」

「今日の新作も?」

「新作は器が花柄で……」


 アリス君の話の途中で、ましろは「あっ」と声をあげた。


「《花かご》さんだ!」


《りんごの木》の前に、たくさんの花を両手に抱えたお兄さんが立っていた。両手がふさがっているため、ドアを開けることができないようだ。


「やぁ! ましろちゃん、有栖川君! ちょっとドアを開けてくれるかい?」



***

 おとぎ商店街には、お花屋さんが一軒ある。お店の名前は《花かご》。小さいながらも、種類は充実しているし、フラワーアレンジメントもしてくれる。 


 ご近所のファミリーレストラン《りんごの木》も、《花かご》の季節の花を定期的に届けてもらい、テーブルやレジのそばに飾っていた。


 ましろは、《花かご》の花を毎回楽しみにしていて、花が届く月曜日の夕方が、いつも待ち遠しかった。


 今日出会ったのは、《花かご》の長男である重野大地君で、ちょうど花を届けに来てくれたところだった。


「こんにちはー。お花のお届けに上がりました!」


 お店のドアベルをカランカランと鳴らしながら、大地君はお店に入った。ましろとアリス君もそれに続く。


 大地君は大柄で、柔らかい性格、そして柔らかそうなおなかをした27歳だ。


「うわぁ、今週もきれいなお花だね!」

「だろう? これは、サルビアの花なんだ。花言葉は、『家族愛』。いいだろう?」


 大地君は、鮮やかな赤色の切り花を持っていた。とてもきれいでかわいらしい花だ。


「すてきですね。すぐに飾らせてもらいます」


 りんごおじさんは、うれしそうに花を受け取り、奥に花びんを探しに行こうとした。けれど、それを大地君が引き止めた。


「まっ、待ってください。実は、相談があるんです!」


 なんだろう? と、ましろとりんごおじさんは思わず顔を見合わせた。



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