第21話 お花屋さんの相談事
「すみません。時間を取らせちゃって」
大地君は、アリス君が出した【金太郎の黄金プリン】をぺろりとたいらげ、ホッとひと息ついていた。
「大地さん! もっと味わってくださいよ! このプリンの黄金色は、超濃くて濃厚な卵を使って、それで……」
「アリス君、分かった分かった。美味しく食べてくれるなら、いいじゃない」
今日はお昼が忙しかったらしく、仕事を終えたばかりの恩田さんがまだお店に残っている。なんだかにぎやかな感じがして、ましろはそれだけで楽しくなっってしまう。しかも、開店前に大地君を囲んでみんなでお茶タイム、という楽しいイレギュラー付きだ。
「それで、大地君の相談とは?」
りんごおじさんが尋ね、《りんごの木》のメンバー全員の視線が大地君に集まる。そして当の大地君は、照れくさそうに頭をかいている。
「来月、《りんごの木》さんで、彼女にプロポーズをしたいんです」
プロポーズ!
ちょうど今日の恋バナを思い出して、ましろはドキドキしてしまった。
「プロポーズって、結婚してくださいってヤツだよね? だよね?」
ましろがはしゃぐと、りんごおじさんも「大事なイベントに、うちを選んでくれてうれしいですね」と笑顔になった。
「なんなら、貸し切りにしましょう。いつもお世話になっていますから」
「ありがとうございます! 白雪店長! 俺、こうしたいっていうのが、ちょっとあって」
大地君は、どうやらその相談がしたかったらしい。
当日、《りんごの木》を彼女の好きなバラの花で飾りたいこと(もちろん花は、《花かご》の花)。メインディッシュを彼女の大好物である、ぎょうざにしてほしいこと。
「バラの花はいいとして、レストランで、しかもプロポーズでぎょうざって、めずらしいわね」
「無理……ですか?」
恩田さんの言葉に、大地君が不安そうな表情を浮かべた。
たしかにデートでは、ステーキやハンバーグ、パスタなんかのメインディッシュを注文するお客さんが多い。けれど、そこはファミリーレストラン《りんごの木》。食材さえあれば、メニューに載っていなくても、お客さんの希望を叶えるのが白雪りんご流だ。
「作れますよ、ぎょうざ。任せてください!」
ほら。やっぱり!
「さすが、りんごおじさんだね!」
「プロポーズが成功するように、僕たちもがんばらないといけませんからね。ちなみに、ぎょうざに深い思い入れでもあるんですか?」
再び、大地君にみんなの視線が集まった。
「彼女──、
「あったわねぇ、それ。五、六年前じゃない? たしか、商店街の八百屋さんとお肉屋さんがタッグを組んで開催したイベント」
「オレ、覚えてます。《かがみ屋》の宴会場が会場でしたよ」
恩田さんとアリス君は懐かしそうだが、二年前に来たりんごおじさんと、来て間もないましろには分からない。
けれど、とにかく大地君と愛華さんは、その「ギョウザ大食い大会」で出会い、仲良くなったらしい。
「すごいね。愛華さん、大食いなんだ」
大地君は、見た目通りよく食べる。ましろは何度かランチを食べに来た大地君を見ていたので、それは知っていた。
「いや。愛華さんはむしろ小食なんだ。でも、大好物のぎょうざがタダで食べれると聞いて、隣り町から大会に参加しに来たんだよ!」
「わっ! ぎょうざが大好きなんだね!」
「ニンニクたっぷりのぎょうざをパクつく女子、いいじゃない」
ましろと恩田さんは、大会の様子を想像して笑い合った。
なんだか、面白い出会いだなぁ。
「俺もそう思って、思い切って彼女にアプローチしたんです。それからの付き合いです」
「おとぎ商店街のイベントでカップルが誕生していたなんて、うれしいですね。これは、ますますおいしいぎょうざを作らないと。そうだ。アリス君、新作のデザートを考えてもらえますか?」
「了解っす」
アリス君は、りんごおじさんに頼まれて、張り切った返事をした。
そして、日時をどうするか、苦手な食べ物やアレルギーはないか、仕入れて置いてほしいお酒はあるかなど、細かい打ち合わせを進めていった。
いつものように、たくさんのお客さんをくるくると接客するのも楽しいが、一組のお客さんのためにあれこれ考えるのも、なかなか楽しい。
「さぁ。決めておくことは、こんなものですかね」
「あの、実はもう一つ相談が……」
そろそろ《りんごの木》の開店時間が近づいて来たころ、大地君はとびきり恥ずかしそうに口を開いた。
「俺、プロポーズまでにやせたくて……。ダイエットのアドバイスをもらえたら、すごくうれしいなー、なんて」
ダイエット⁈
思ってもみなかった内容に、《りんごの木》のメンバーは驚いてしまった。たしかに大地君はふっくら気味だけれど、まさかレストランで相談するとは思わなかったのだ。
「大地君、太ったの?」
「彼女と付き合い始めてから、ゆっくり十キロも……。デートでおいしいものばかり食べてたら、こんな体型にぃっ!」
ましろが大地君に出会った時には、すでに太った後だったらしい。大地君は、食べ歩きデートやB級グルメフェス、スイーツビュッフェやカニ食べ放題ツアーの話をしてくれた。
「言われてみれば、昔の大地君は筋肉質だった気がするわ」
恩田さんは「これは私たちの出番ね!」と、立ち上がった。
私たち? まさか……。
ましろは、恩田さんと視線がバチィッと合ってしまった。
「大地君のダイエットは、私たち女子で監督しましょう!」
「ありがとうございます! 恩田さん! ましろちゃん!」
「えええええーーっ⁈」
あれぇっ⁈ わたしもダイエット班なのーっ⁈
ましろが「恩田さん、あの、あのーっ!」と言っても、もう遅かった。恩田さんと大地君は、運動や食生活の話で大盛り上がりしているのだ。
わたし、運動苦手なんだよ~っ!
「へへっ。ましろ、がんばれよ!」
「アリス君! 人ごとだからって!」
アリス君は、にやにやしながらふんぞり返っている。そして、聞きたくなかった一言を口にした。
「恩田さん、ダイエットマニアだから大変だろうな」
ひぇ~! わたし、大丈夫かなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます