6.再スタート!

「さて……何から始めようか」


 あれから数日後、かもめは銀髪の少女フェリィと共にあの惨劇の起きた現場を訪れていた。


「確か、『転生のゲートは事件現場に生成される』って兄さんは言ってたはずだけど……」


 まず、かもめは現場をゆっくり一周見まわしてみた。いつもの昼下がり、のどかな風景だ。特に変わった様子はない。すなわち、ゲートらしきものも見当たらない。


「うーん、わからん」


 確か、トウカは何もない空間をガラスのように割って入っていったような気がする。どうやって見つけた? どうやって割った? ……何もわからない。


「くっそ、何が『探偵に不可能はない』だよ……不可能ありまくりだよ」


 思わず毒づく。無理もない、かもめはまだ異世界転生についてまだ何も知らないのだ。


「しょうがない、次行こうつぎ!」


 今度は、トウカの残した遺品である手帳を取り出す。右も左もわからないかもめにとっては大事な教本であり、唯一の頼みの綱でもあった。


「えーと、トラック転生のページ……あった!」


 たまに破れそうなページに気を配りつつ、パラパラとめくっていく。そしてあの、ぎっしりと数字が書かれた見覚えのある1ページへとたどり着いた。

 トウカは、トラックのナンバープレートと運送会社によって転生先が特定できると言っていた。だとしたら、あの時のトラックのナンバーか会社を思い出せればトウカの手がかりは掴めるはずだ。だが、思い出そうとしてそこで別の問題が浮かび上がる。


「そういえば……あれ、何のトラックだった? 」


 手帳と照らし合わせながら、かもめは自身の記憶の中を必死に探った。だが、あの夜の事は絶望がノイズになって、思うように記憶を辿る事ができない。


「まだまだ、頑張れ私……!」


 もう一度辺りを見渡してみる。トウカが防犯カメラで手がかりを得たように、何かあの夜の事を記録しているものがないかと思ったのだ。しかし、この道には店はおろか、人の気配というものが何もない。広がるのは砂浜と雑木林だけだ。


「打つ手なし、か……」


 がっくりと肩を落とす。しかし、ここで手がかりがなくなるとこれ以上何に手を付けたらいいのか見当もつかない。捜査は完全に暗礁に乗り上げてしまった。やはり、素人の真似事ではどうにもならないのか……胸中に絶望が広がっていく。


「あの車に書いてあった文字がわかればいいの?」


 だが、そんなかもめの背後から銀色の髪がひょっこりと顔を出した。それまで砂浜のカニと戯れていたフェリィだった。


「覚えてるの!?」


「ええ」


 はっきりと言い切ったフェリィ。かもめは疑う事なく、突如差したその光明にすがった。


「『Hole in oneツーリスト』。それから、鳥の絵も一緒に描いてあった」


「すごい! それで、ナンバープレートの方は……」


「……?」


「……流石にそこまではわからないか。でも、大きな手掛かりだよ! ありがとう、フェリィさん!!」


 フェリィの華奢な体が折れてしまいそうなほど思い切り抱きしめるかもめ。フェリィは、何故かもめがそこまで喜んでいるかわからず、きょとんとしていた。


「でも、なんで覚えてたの? あの時、意識を失ってたように見えたけど……」


「……なんでだろう」


「そういえば、そもそもあの夜フェリィさんは何をしてたの? 体も傷だらけだったし、何もなかったって事はないと思うんだけど」


「えっと……わからない」


「え……?」


「気が付いたらあそこにいたの」


「そっか……」


 フェリィの事情は、思っていたよりも深刻なのかもしれない。そう思ったかもめは、それ以上の詮索はしなかった。気にならないと言えばウソになるが、今は何よりトウカの捜索が最優先だった。


「まあいいや。とにかく収穫はあったし、私は一旦事務所に戻って他に手がかりがないか調べてみるよ。ナンバー以外での捜査法とか、まとめてるかもしれないし」


「わかった」


「じゃあ、今日はここで解散。何かわかったら連絡するから」


「ええ」


「それじゃ、連絡先教えてもらえる?」


 かもめはスマホを取り出してフェリィの前に向けた。しかし、フェリィから返ってきた反応は、かもめの想像だにしないものだった。


「連絡先って?」


「えっ……スマホとか」


「ない」


「ウソ!? え、えっと、じゃあ家の電話番号でも」


「電話って?」


「マジか……じゃ、じゃあ私がフェリィさんの家まで迎えに行くよ。おうちはどこ?」


「ない」


「ちょっ……待て待て待て」


 衝撃の連続に、流石のかもめもストップをかける。詮索しないと思っていたが、そういうわけにもいかなくなった。なんだか嫌な予感がする。かもめは、恐る恐る質問を続けた。


「家がないって……今日、事務所に来るまでどこにいた?」


「公園」


「その前は?」


「わからない」


「昨日の夜は、何食べた?」


「なにも」


「……えっとさ、これはあんまり聞きたくないんだけど。フェリィさんって、この世界の人?」


「……わからない」




「――――かもめ。わたしって、だれ?」






◇  ◇  ◇




 フェリィは、あの夜以前の記憶の一切を失っていた。どこから来て、何をしていたのか……傷の事も、何も。唯一覚えていたのは、自分の名前だけ。

 

(ひょっとしてこの事件、単純な交通事故じゃないのかも……)


 かもめは思案する。あの夜、フェリィは傷だらけであの場所に倒れた。何かに巻き込まれたのか、それとも誰かに傷つけられたのか――――。いずれにせよ、何か穏やかでない事象が起こった事は確かだ。そう考えた時、かもめの脳裏にある可能性がよぎった。


(あのトラックは偶然ではなく、故意にフェリィを跳ね飛ばそうとした?)


 あるかもしれない。思い返してみれば、トラックはフェリィが倒れてから発進していた。それに、目の前にフェリィやトウカがいたにも関わらず、まるで減速するそぶりがなかったように思える。だとしたら、何者かがフェリィをこの世界から消そうとしている? でも、誰が? 何のために?


「……わかんない事だらけ!」


 頭がこんがらってきたかもめは、手帳をテーブルの上に投げ捨てて、そのままソファにもたれかかった。


(こんな時、兄さんならどうするかな)


「……かもめ、お風呂あがった」


 と、頭を悩ませる張本人がバスタオルに体を包まれながら顔を出した。あれだけあった傷は、完全に消えている。普通の人間にはありえない治癒速度だ。


(ていうか、肌クッソ綺麗だな……)


「かもめ?」


「は、はい!」


「かもめは入らないの?」


「もうちょっとしたら入るよ。あ、お湯加減はどうだった?」


「38.4℃、適温だった」


「え、そんな正確にわかるの」


 かもめは、しばらくはフェリィを事務所に泊める事にした。また公園で寝泊まりさせるわけにもいかないし、何より正体不明の少女をそのまま放置すれば、また何が事件が起こるとも限らない。


(フェリィさんが、何か途方もない事件に巻き込まれてるのは間違いない。だとしたら​─────私が守らないと。だってフェリィさんは、今は私の依頼人だもん。……そうでしょ、兄さん)


 かもめは気合を入れるように、自分の両頬を叩いた。そして、その音に少し驚いていたフェリィの真っ白な掌を、包み込むように握った。


「フェリィさん、私これが初めての依頼なんだ。だから、ちょっと時間がかかるかもしれない……だけど、絶対にやり遂げるから! 兄さんの事も、フェリィさんの事も、絶対に私がなんとかする。だから、今は私の事を信じて」


 一瞬、目を丸くするフェリィ。しかし、かもめの言葉の意味を理解すると、握られた掌を握り返し、静かに微笑んだ。


「信じる。だって……この世界で私が信じられる人は、かもめしかいないもの」

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