4.どっちが本当?
「わああああああやめろー! 私は天使だぞー!! こんな事して、天罰が下っても知らないぞー!」
アナトラは、後にやってきた警察によって逮捕された。警察の中でも、転生は殺人罪として処理されるシステムが既に確立されていたのだ。
喚き散らしながら連行されていくアナトラを横目に、トウカは安堵のため息をついた。
─―――勝敗は一瞬だった。アナトラの光の槍は、トウカの体をわずかに逸れた。対してトウカの拳は、アナトラの腹部に深々と突き刺さっていた。アナトラ自身の突撃の勢いも合わさって、その一撃は致命の一撃となったのだ。
「あぶね、死ぬかと思った」
大して危機感もなさそうにトウカが呟く。かもめにはやはり、どこまでが本気の発言なのかわかりかねていた。
「かもめ、ケガないか?」
「こっちのセリフだよ、アホ兄さん」
そう言ってトウカの胸を軽く小突く。大げさに食らったふりをするトウカにかもめは少しだけイラっとしたが、安堵の方が勝り自然と笑みがこぼれた。
事態もひと段落し、一息つこうかという時、警察と入れ違いで一人の女性が結界に入ってきた。ノゾミだった。警察に通報したすぐあとに、かもめが連絡しておいたのだ。
「ミサキ!」
「お母さん……!」
その姿を確認するや否や、二人はお互いを抱きしめあった。そして、人目もはばかる事なく大粒の涙を流した。実に、二週間ぶりの再会だった。
「よかった、これで一見落着だね」
「そうだな……ってかもめ、泣いてるのか?」
「え? ……えへへ、なんかもらい泣きしちゃった」
「そんなガラか?」
「むかっ……! どーいう意味さ!」
「おっと、聞こえたか。ただの独り言だ、気にするな」
「むー……」
「さぁ、感動のエンディングは外でやろうぜ。こう薄暗い場所だと、気分まで暗くなってきそうだ」
四人が外に出ると同時に、アナトラの転生空間は砂のように崩れて消えた。そこには広がっていたのは、いつも通りの日常の風景。先ほどまでの非日常の痕跡はもうどこにもない。
小波ミサキとノゾミはようやく、日常に帰ってくることができたのだ。
◇ ◇ ◇
「ミサキちゃん、少ししたら復学に向けて準備するんだって。実際に通えるようになるまでは時間がかかるかもしれないけど……でも、兄さんが手を伸ばしてくれたから、勇気を持てたみたい」
「そうか」
二人きりの帰り道、満点の星空の下でかもめはトウカの背中を見つめていた。今日のトウカは、本当に頼りがいのある、心から尊敬できる兄であった。いつもリビングのソファで寝転がっている、冴えない兄とはまるで別人――――一体、どっちが本当の鳩羽トウカなのだろうか?
「……ね、兄さんさ」
「ん?」
「たまに、今日みたいに事務所に遊びに来ていい?」
それを突き止める為には、もっとトウカの事を知らなければならなかった。それを知ってどうするのかはわからない――――だが、知らなければならない。家族として。そんな気がした。
「……好きにしろよ」
「うん、好きにする」
「あ、でも来るからには少しは手伝えよ?」
「わかってるよ。事務所が潰れちゃったら私、兄さんに養ってもらえなくなっちゃうもん」
「お前な……」
呆れるトウカを後目に、かもめは鼻歌交じりにさっそく次の来日計画を頭の中で立て始めていた。
―――しかし、その計画が実現する事はなかった。
「ん……?」
ふと、かもめの目の前の道路を銀色の何かが横切った。髪だ。銀色の長い髪。風になびく幻想的で流麗なそれは、天使であるアナトラに勝るとも劣らぬ美しさを持っていた。夜の暗闇と距離に阻まれたが、それがかもめと同じくらいの少女だと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「何やってるの、あの人……?」
その少女は、何やら足取りのおぼつかない様子で歩いていた。酔っ払っているのか? だが、とても酒類を嗜むような年齢には見えない。なら、一体……?
それを考える間もなく、銀の髪の少女は道路のど真ん中で糸の切れた操り人形のようにぱったりと倒れてしまった。よく見れば、その体は傷だらけだった。
「え、ちょっと!」
只事ではないと察したかもめは、その少女を抱えようと駆けだす。しかし、それを待ち構えていたかのように二つの鋭い光が闇夜を切り裂いた。
「え、ウソ……?」
それが何か、かもめにはすぐにわかった。今日、嫌というほどその名を聞き、そして知られざる性質に驚かされたモノ。
─―――トラックのヘッドライト。
その死神は、路上に伏した少女に向かって一直線に迫ってくる。少女に気づいていないわけじゃない……それは、明らかに故意に少女を狙っていた。
「あ、あぶな――――――!!」
かもめがそれを叫び終わるか終わらないかのうちに、かもめの側を一陣の風が駆け抜けた。その風がトウカだと気付いた時、既にトウカの体は、少女を押しのけてトラックの前に投げ出されていた。
「っ……………!」
「兄さんっっっっっっっ!!!!!!」
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