2.転生という名の事件
「兄さんさぁ……いつ探偵から詐欺師に鞍替えしたわけ?」
「んー? 何の話だよ」
「しらばっくれんな! なにさ、異世界転生って……小学生だって、もうちょいマシな言い訳考えるよ」
ミサキの亡くなった交差点で、かもめはずっとトウカの背中を睨みつけていた。一瞬でも兄を信用した自分が許せなかったのだ。
しかし、当のトウカはそんな視線などどこ吹く風、道路にしゃがみこんでは何かを確かめたり、首を傾げてみたりとかもめの方には目も暮れなかった。
「何お前、異世界転生も知らないの? あんなに流行ってんのに?」
しまいには、こんな事まで言い出す始末。
「いやそりゃ知ってるよ? 小説サイトで人気のアレでしょ、なんかいきなり強くなったり急にモテモテになったり……そういう事じゃなくてさ」
だがトウカの話は、かもめの想像する斜め上の方向に進んでいった。
「どうやらマジで知らないみたいだな。まあ、無理もないか……」
「え……?」
「いいか、かもめ。異世界転生は実在する」
「え゛……?」
かもめは思わず変な声をあげてしまった。冗談だと思った。だが、それを語るトウカの目は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えなかった。
「今や異世界転生はありふれた現象だ。最近多いだろ? 行方不明事件とか、交通事故とかさ。あれ、全部転生。確かに公表はされてないが、政府もその存在は認知してるし、普通の人でもそれに気づいてる人は結構いる」
「いやいや何言ってんの!? だって、あんなのオタクの悲しい妄想でしょ!?」
「……言うね、お前。だけど本当だよ。大体ノゾミさんだって、そんなに驚いてなかっただろ?」
「そ、そういえば……」
言われて思い出す。確かにトウカが異世界転生の可能性を示唆した時、あの場で声を出したのはかもめだけだった。それにノゾミは、『相談できる場所がここしかない』とも言っていた。もしノゾミが異世界転生の事を知っていて、娘にその可能性があると思っていたなら、相談する場所が限られるという話も合点がいく。
「ちなみに、異世界転生モノを書いてる作家は自分が転生した時の経験談を元に執筆してる」
「ウソ!?」
「嘘」
「詐欺師!」
「まあ待てよ。9割は嘘、だが1割は本当に転生帰りらしい。最も、転生してこっちの世界に帰ってくる奴自体珍しいし、転生時の記憶がない奴とかもいるらしいから、実際は数える程もいないみたいだけどな」
「ま、マジか……」
調査の片手間に話すトウカをぼんやり眺めながら、かもめはいよいよ異世界転生の話を信じ始めていた。フィクションの中でも特に願望が前面に表れているとされる転生。それが、フィクションでないと?
「でも、本当に本当なら……私も異世界でカワイイ女の子に囲まれてチヤホヤされてみたいかも……」
「……」
「あ、でも魔法かなんか使えちゃったりするのもいいなー。転生って、なんかすごい魔法とかもバンバン使えるようになるじゃん?」
「おい」
「あてっ」
妄想に浸るかもめを、トウカのデコピンが現実に引き戻す。何すんの────そう言いかけて、かもめはトウカの顔が事務所で見た時の神妙な表情になっている事に気づいた。
「冗談でもそういう事は言うな」
「兄さん……?」
「異世界に行くヤツはそれでいいかもしれない。楽しいセカンドライフが待ってるんだからな。だが、残された人はどうなる? 帰ってくるかもわからない相手を待ち続ける人の気持ちは?」
「あ……」
そう言われて、かもめは泣き崩れそうになっていたノゾミの顔を思い出した。そこでようやく、自分が如何に軽率な発言をしたかを痛感した。
「異世界転生はな、事件だ。残された者にとっては死と同じなんだよ」
「……ごめん」
しゅん、とうつむくかもめ。そんなかもめの頭を、トウカはそっとなでた。
「だけどな、本当の死と違って転生は帰ってくる事ができる。……俺が探偵を始めたのは、そんな理不尽な理由で孤独になる誰かの涙を見たくなかったからだ。頑張れば連れ戻してやったりできるし、そうでなくても、転生先で元気にやってる事がわかるだけでも気が楽になるって人もいる」
「兄さん……」
「でもなかもめ。お前が俺のところからいなくなったら、俺がその涙を流さなきゃいけなくなる。そうなったら……誰かの為になんて、頑張れないだろ?」
「うん、わかった。もういわない」
幼い頃、かもめとトウカは両親を事故で亡くしていた。だから、誰かを失う辛さはよく知っていたはずだった。
それなのに─―――かもめは心の中で自分を殴った。そして、もう少し真剣にトウカを手伝おうと決めた。
「ていうか、お前は男を侍らせろよな」
「えー……やだ。男は兄さんだけで十分」
「はっ、そらどーも」
「ちなみにさ、兄さんはどうして転生の存在に気づいたわけ?」
「んー? あぁ、実は俺も一回転生してたりして」
「それもウソ?」
「さぁ、どうだかな」
「詐欺師め……」
トウカが自嘲気味に笑う。その頃には、二人ともすっかり普段の調子に戻っていた。
と、その時トウカはあるものに気づいた。
「防犯カメラか……」
交差点の角にある、コンビニに設置された防犯カメラ。本来は来店する不審者をチェックする為のものだが、そのレンズは交差点の全体を記録していた。
トウカは思案する。もし、トラックがミサキを轢く瞬間さえ記録されていれば……。
「今回の事件、解決したかもしれん」
「え、何、なんで?」
突然不敵な笑みを見せるトウカに困惑するかもめ。そんな彼女に、トウカが見せたものは、一冊の手帳。そこには、トラックのナンバーと思しき数字の羅列がびっしりと書き込まれていた。
「トラック転生にはな、法則があるんだよ」
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