異世界なんていかせない

水銀

1.変わった依頼


「亡くなった娘を探して下さい」


 その日、鳩羽探偵事務所に少し変わった依頼が来た。

 長期休みも半ばに差し掛かった頃、兄の事務所に遊びに来ていた"鳩羽かもめ"は、来客用のコーヒーを淹れながら開口一番放たれた謎の言葉に目を丸くする。


(亡くなった人を探す……? どういう意味だろ)


 元々は手伝いだけのつもりだったかもめだが、その依頼内容が無性に気になり、頭だけをキッチンから出して兄達が話し込んでいる様子をそっと覗き込んだ。

 依頼人の名は小波ノゾミ。普段は小さな診療所の看護師をしているらしい。優しそうな顔立ちに、柔和な物腰……それでいて、どこか大人びた雰囲気を併せ持った女性であった。


(冗談は言わなさそうな人に見えるけどなぁ)


かもめはなんとか話を聞き出そうと、頼まれていたコーヒーを慎重に運ぶフリをして時間を稼ぐことにした。


「もしかして、なぞなぞですか?」


「え? なぞなぞ?」


​─────稼ごうとして、ド直球に聞いてしまった。かもめはとにかく堪え性がなかった。


「いいからあっちでゲームでもしてなさい」


 兄​─────鳩羽トウカもかもめが割って入ってくるのは想定済みだったようで、あらかじめセッティングしておいたゲーム機の前に彼女を座らせ、あしらう。

 だが、かもめはそれには目もくれず、すぐさま2人のいるテーブルから少し離れた位置にあるクローゼットの陰に身を滑らせた。

 一度気になりだしたら他の事は考えられなくなるのが、かもめの良い所であり、悪い所だった。


「家政婦さん?」


「妹です。給料は三食ゲーム機付き」


(ゲーム機買ったの私ですけど?)


「素敵、私も雇ってもらおうかな」


 ノゾミは冗談を言う人だった。


「さて、それじゃ本題に戻りますが……」


  その瞬間から、トウカの声色が変わった。恐らく、これから"仕事"が始まるのだ。 かもめもまた、独自に"聞き耳調査"を開始する事にした。


「まず、事件の起きた状況から​」


「はい、場所は​並木通りの交差点で​す。

その日は娘のミサキとランチの待ち合わせをしてまして、それがちょうどその交差点だったんです。私が着いた時にはミサキは既に待っていて、横断歩道越しに手を振るのが見えました。その後、信号が青に変わって、その、ミサキが駆け寄ってきて、そうしたら、そこに​─────」


「トラックが突っ込んできて​、娘さんが消えたと」


(トラック……て事は、交通事故か)


 先程までの優しそうな雰囲気が嘘のように、表情を険しくしていくノゾミ。しどろもどろになっていく声に、かもめの胸も思わず締め付けられる。

かもめは、頭の中で少女が巨大な鉄の塊に飲み込まれる瞬間を想像し​て─────すぐにやめた。知らない相手でも、命が無惨に散る光景は耐え難かった。


(私も、兄さんがいなくなったら泣いちゃうなきっと。生活費困っちゃうし)


​  その後もかもめは聞き耳捜査を行ったが、結局"交通事故"以上の情報を得る事はできなかった。


(うーん……申し訳ないけど、幽霊を探すのは探偵より霊媒師とかの仕事じゃないかな。それとも、やっぱりなぞなぞ?)


 かもめは、なんとか依頼と情報を結びつけようと頭をフル回転させる。だがやはり、どう頑張っても2つのキーワードが結びつく事はなかった。


「お願いです……こんな話、誰に相談しようにも上手く説明する事すら出来なくて……もう、ここしか……」


 優しそうな顔をくしゃくしゃに歪め、今にも泣き崩れそうなノゾミ。それだけで、如何に娘を溺愛していたか窺い知れた。

 その様子を見てトウカは、それまでの神妙な面持ちを解いて宥めるように柔らかい声で彼女の手を取った。


「大丈夫、ミサキさんは俺が必ずあなたの元に連れてきます。だから、ノゾミさんはミサキさんが帰ってきた時にどうやってお祝いするかだけ考えておいてください」


(へー、兄さんもこんな顔するんだ)


 普段から自堕落な兄の姿しか見ていなかったかもめにとって、今の真剣なトウカの横顔はまるで別人のようだった。これほどまでに人は変われるものなのか。これではまるで、数多の難事件を解決してきた名探偵のようではないか。

 事実、そうなのかもしれない。考えてみれば、かもめは"探偵としての鳩羽トウカ"を何も知らなかった。いつ活動しているのかも、どれくらいの稼ぎがあるのかも。生活費の99%を工面してもらっているにも関わらず、だ。


(……正直、ちゃんとやれてるか不安だったけど。ちょっと見直しちゃった。なんだかんだ、やる時はやるんじゃん)


 かもめは確信した。依頼の内容は未だ不鮮明のままだが、この名探偵に任せておけば、必ずやノゾミさんの望む結果を導き出す事が出来ると。



​───────しかし次の瞬間、その信頼はもろくも崩れ去る事となる。



「状況から判断してミサキさんは、異世界転生している可能性が極めて高いです」


「は?」

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