第9話 『海事件の女』

 海事件から、桂吾はなんだか様子が変わった。

いや、表面上は何も変わらない。

バイトして、女と遊んで、レッスンして、バンド練習して、曲を作っていた。

だから、何も変わらないと言えば、変わってない。

だけど、感じる。

どんどんと彼女に対する想いが、大きくなっているような、そんな感じ。

そんな感じがするだけで、わからないのだけど。


 そんな風に思っていたら、桂吾が体調悪いってバンド練習を休んだ。

俺は、なんだかわかってしまった。

仮病で、女とデートか。

しかも、あの女。

みんなは、桂吾を心配していた。

具合い悪いなんて、珍しいから、お見舞いに桂吾のうちへ行こうかなんて、悠弥は言っている。

家に行ってもいないのはわかっているから、調子悪いだけだろ、大袈裟だなと俺は呆れたように言った。

 

 

 次の日

俺との約束には来るのかな、ってカラオケ屋で待っていた。

今日は、歌練。

たまに、2人でやる。

桂吾が、作った曲を俺が歌いやすいように直す為に、実際歌って確かめる。

ここ、歌いずらそうだな!とか、もう1音高くした方がカッコイイな!とか、そんな修整を2人でする。 

 

時間ぴったり、

「おつ!」

ギターを担いで桂吾が部屋に入ってきた。

「おつかれ!もう体調はいいの?」

わかってるけど聞いてみた。

どんな反応するのかな?


「あっ……あぁ!大丈夫!」

「やっぱ仮病かよ!」

笑っちまった。

「龍聖にはバレんな。」

「何ヶ月か前の、海事件から、なんとなくだけど、桂吾楽しそうだな」

「あはははは!龍聖は、全部お見通しだな。

その海事件の女に振り回されてる」

「ふ~ん。桂吾が振り回すんじゃなくて、振り回されんのって初めてじゃね?」

「だろ?だよな?なんか、自制がきかねー……」


ふ~ん なるほどね~。

本流が、自分を制御できなくなるって、ヤバイだろ。

なんだか、海事件の女に取り込まれて行くようで、気に入らなかった。


いつものように、楽譜を渡され、USBに録音してきた桂吾の仮歌を聴いた。


桂吾が作ってきた曲を聴いて、ちょっと考えが変わった。

これは、すごくいい。

楽しい温かい感じ。 

いい意味で浮き足立っている。

桂吾は、振り回されているって言ったけど、海事件の女は、桂吾を良い方向へ導いてくれてるんじゃないのか?

なんか、そんな気がした。


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