第8話 『海事件』
高校を卒業して、俺は大学に進学した。
みんなそれぞれに進路を決めて、新しい生活が始まった。
大輝は、叔父さんの経営している自動車の整備工場で働きだした。
悠弥は、プログラマーの専門学校。
瞬は、大手の楽器屋さんに就職した。
特進コースの人が進学じゃなく、就職するなんて前代未聞だとだいぶ怒られたらしい。
瞬のレベルだったら、かなりいい大学に入れたはずだ。
それを棒に振ってまで就職したことで、瞬の覚悟を強く感じた。
1人で、プロを目指してるんじゃない。
俺たちと、このバンドでプロを目指してるんだ。
それを、瞬は口に出さない。
大輝には話してるかもしれないな。
言わなくても、桂吾はわかってくれるだろうけど、悠弥には伝わんね~ぜ!
桂吾は、進学も就職もしなかった。
高3から始めたバイトを続けるって。フリーターになった。
なんで、フリーター?って思っていた。
だけど、彼女と出会う為には、そこだったんだな。
高校を卒業した年の、11月。
のちのち、『海事件』と言われる事件が起こった。
桂吾は、普段 約束をすっぽかすことなんて絶対になかった。
女と遊んでいたとしても、切り上げて、時間にはちゃんと来る。
珍しく、ちょっと遅れるかもって、大輝に連絡がきたと。
へ~珍しいな って、思ったくらいだった。
その日は、貸しスタジオに先約が入っていたから、22時から24時までって遅い時間のミーティング。
その22時に遅れるって言ってんだから、まぁ何か大事な急用なんだなと思っていた。
22時40分
「それにしたって!おせーなー!」
と大輝が言って、悠弥が電話してみるか!ってかけてみた。
“おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません”
このアナウンスを全員が10回は聞いたんじゃないかってくらいに、かけまくった。
結局、24時までに桂吾は現れず。
連絡もなくで、大輝はものすごく怒って帰って行った。
アパートに帰り、俺は俺に出来うる限り、神経を集中させ、感覚を研ぎ澄まし、桂吾の気配を捜した。
あれだけの大きな波は、普通簡単に見つかる。
だけど、なかなか捜しだせない。
すごく、ドキドキしてきた。
集中しようとすればするほど、心臓が高鳴って、今度は落ち着け落ち着けって、そっちに気を取られてしまう。
桂吾にもしものことがあったんじゃないだろうか。
いないのはわかってるけど、桂吾の家に行って、おばあちゃんに聞いてみようか。
いや、もうこんな夜中だ。
逆に心配させるだけか……
焦った。
こんなにも、慌てふためくのは初めてだ。
もう1度、精神統一し、落ち着いて集中した。
その時、感じた。
ものすごく、……遠く……
どのくらい?100キロくらい離れてるか?
本当に、うっすらとだけど、確認できた。
遠くにいるだけ。
大丈夫。
無事だ。
良かった。
安心した……
そう思った瞬間、気を失った。
目が覚めたのは、もう昼過ぎだった。
痛たたたた……
カラダじゅう痛い。
力を使いすぎると、こうなる。
あと、人混みが苦手だ。
一気にいろんな人のお喋りが頭に流れこんできて疲れる。
それを、みないようにすることもできるんだけど、それはそれで疲れる。
大抵の場合、ちょっと横になって休めば、回復できるけど。
昨日は、かなりの広範囲を捜したから、だいぶやられた。
俺の力では、あれが限界。
とにかく、昨日、桂吾の無事は確認できた。
あとは、桂吾からの連絡を待とう。
今日は、もう大学はサボって、もう少し寝よう。
今夜、20時のミーティングに桂吾が元気にくればいいな。
そう思いながら、眠りに落ちた。
夜、スタジオに行くと、もう最初から大輝の怒りは半端なかった。
今日も何回も電話をかけては、あのアナウンスを聞いたらしい。
桂吾せめて、大輝には連絡すればいいのに。
20時をちょっと回った頃。
「わり~遅れた!」
と、桂吾がスタジオに駆け込んできた。
大輝は、ドラムのスティックを床に投げつけて、桂吾に殴りかかる勢いだった。
悠弥が、止めにはいってくれるのがわかったから、俺はソファで横になったまま見ていた。
やっぱり見えないけど、大きなオーラ。
昨日は、女と海に行って、崖から落ちて、携帯が水没したと言っている。
あぁ、新潟の海か。
確かに、100キロちょっとって感じだな。
嘘でも、作り話でもない。
擦り傷だらけの手。
「消毒してやるよ」
そう言って、桂吾に触れた。
桂吾に触れたのは、初めてだ。
なるほどね……
ある程度、よむことができた。
桂吾の言っている通り、女と海に行って、落ちて、で、女を抱いた。
この女は……
処女をくってきたのかよ。
取り込まれなければいいけど……
純潔を奪うという行為。
汚れない、聖なる魂の一部をもらうということ。
桂吾のような大きな本流には、なんの影響もないか。
その時は、そう思った。
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