第42話 『ドラゴンステーキとポケットサンド』



 寝起きで霞む視界に突き刺さる極彩色のプリズム。その眩しさに目を眇めながら数度瞬きすると、意識がだんだんとはっきりしてくる。

 仰向けに寝転んだまま目だけ動かして周りを見渡せば、そこはアパートの自室ではなく、シャンデリアの煌びやかな光に照らされた絢爛極まる図書館だった。

 室内はシャンデリアとフロアランプに照らされ昼間の様に明るいが、窓の外は黒く塗りつぶされたように暗い。スマホで時間を確認すれば、もう少しで朝の7時になるところだった。『箱庭』に居ると時間の感覚が狂うんだよな。

 1階に先輩の姿はなかったが、2階のバルコニー席の明かりがついているので、おそらくそちらに居るのだろう。

 そこまで確認した俺は、寝転んでいたカウチの上でのっそりと起き上がり――座り込んだまま頭を抱えた。


 大変、たいっっっへん、重要な夢を見たのだ。それは覚えている。異世界の街並みを通り抜け、商人や冒険者の会話を聞いた。これも覚えている。

 しかし、その間に自分のした思考、それが思い出せない。

 何か重要なことに気付いたのは覚えているのに、その内容を思い出そうとすると、頭に靄のかかる覚えのある感覚がするのだ。

 これはアレだ、絶対同調スキル関連。何に気付いたんだ俺?漠然とした感覚は残っているのに、その感覚を整然と筋道立てて思考しようとすると途端に邪魔が入る。起きてる時の脳みそがポンコツすぎて使えねぇ~~~~~!!夢の中ではあんなに自由に思考できたのに!

 夢の中かぁ。夢、夢の内容……自由な思考……同調スキル……、


「あー……、なるほど……」


 これ、起きてる時に無理矢理考えて、理解しちゃうとヤバいやつだな。

 少なくとも今は、漠然とした理解に留めておいた方がいい。

 思考するなら夢の中で、だ。

 起きてる間思考に制限がかかるのは不自由だし、先輩に相談して情報共有や議論ができないのは致命的すぎる。

 しかし、少なくとも夢の中でなら俺は、自分がどういう状況にあり、何が出来て、それを使って何をすべきなのか、はっきり認識し理解していた。

 次第にズキズキと痛み出した頭に眉を顰め、思考を断ち切る。

 これ以上考えても不毛なようだし、さっさと先輩を呼んできて朝食にしよう。今日はドラゴン肉を初披露する予定なのだ。

 同調スキル関係で漠然と理解した情報は共有できないが、夢の中でなら思考の制限がないことは伝えられるだろう。あと夢の中で知ったダンジョン関連の情報は記憶が鮮明なうちに伝えておきたい。

 俺は伝えるべき情報を整理しながら、先輩の居るだろう2階に向かった。




 冷蔵庫の中で半解凍状態になっていたドラゴン肉を薄くスライスしていく。スーパーでよく見かける薄切り肉だが、日本以外の国ではこんなに薄く切った肉を売っている国はあまりないらしい。スーパーの薄切り肉はカチコチに凍った肉塊を業務用スライサーで薄切りにしているらしいが、家でやろうと思うと凍った肉って硬すぎて切れないんだよな。半解凍くらいがベスト。常温の肉?柔っこすぎてとてもじゃないが薄切りなんぞできない。

 切った肉はフライパンで炒めて焼き肉のたれで味付け。

 肉の味を味わってもらうためにシンプルな味付けにしようと思ってたけど、後で小さなステーキも焼く予定なので、そちらを塩コショウのみで食べてもらうことにした。

 何せステータスアップの効果を実感してもらうためには200gは食べてもらわないといけないのだが、サンドイッチの具にするのに200gは多すぎる。それに、やっぱりドラゴンの肉と言ったらステーキだろうというこだわりで、急遽メニューを追加した。

 火を止めて粗熱を取っている間に食パンの準備をする。5枚切りの少し厚めの食パンを耳を残したまま半分に切ったら、断面から切り込みを入れてポケットを作る。ポケットの中にバターの代わりにマヨネーズを塗って、千切ったレタスと粗熱の取れた肉を詰めれば、ドラゴン焼肉のポケットサンドの完成だ。

 ステーキは先輩の分だけでいいや。カトラリーも1セットしかないし。


 徹夜した先輩は昨日の事件もあり大分疲れが出たようで、見たこともないくらいショボショボとした様子だったが、肉を焼き出したあたりでめちゃくちゃソワソワしだした。ご近所に飯テロで訴えられそうなくらいいい匂いするもんな。

 朝食が出来上がるまで先輩には図書館で時間を潰していてもらってもよかったのだが、ネットの情報も調べたいと一緒に戻ってきていた。が、匂いが気になってあまり調べものは捗っていないようだ。放置されたスマホがスリープ状態のまま机に投げ出されている。


「おまたせしましたぁ」

「ご馳走になってしまってすまないな。だがその、なんだ。朝から随分と豪勢?だな?」

「やー、朝からステーキは流石に重いかなとは思ったんすけど、こちらのメニュー……」

「うん?」

「ドラゴン肉のミディアムレアステーキと、ドラゴン焼肉のポケットサンドでございま~す」

「んんん!?」


 ついつい興が乗ってウェイター風に畏まって皿をサーブすると、眠気も吹っ飛んだ様子の先輩が身を乗り出してきた。


「ドラゴン?いつ狩ったんだ??『箱庭』のダンジョンに入った時か???」

「いやドラゴンは流石に無理。マーケットボードで肉として買っただけっすよ」

「なるほど……」


 納得して皿を覗き込みながら「これがドラゴンステーキ……」と感動した様子で呟く先輩に、まだ冷凍庫に10kgほど肉は残っているが、異世界でもドラゴンが最後に狩られたのは300年ほど前で、冷凍庫の備蓄が無くなれば自分でドラゴン狩ってくるしかないと説明する。

 それと食べれば基礎能力値が上昇することも。


「君のステータスがやたらと高かったのはこれが理由だったのか」

「一応食べても健康に害がないのは確認してますけど、被験者が俺だけなんで、もし不安なら……食べない選択肢なんてないっすよね」


 ナイフとフォークを両手に期待の籠った目でこちらを見つめる先輩に、愚問であったなと言葉を引っ込めた。


「どうぞ、召し上がって下さい」

「いただきます!――――ん~~~~……」


 ステーキを口に放り込んだ瞬間融けた顔をする先輩に、分かる、と無言で頷く。マジで語彙力の融ける味がするのだ、この肉。

 朝食を取りながら夢の内容について話したかったのだが、せっかく食事を楽しんでいるのを邪魔するのも悪いし、先輩も大分お疲れのようなので、メールに纏めて後で送っておこう。内容が内容なので早めに相談したい気持ちはあるんだが、しっかり睡眠を取って頭がはっきりしている時に読んでもらった方がいいかな……。地球に出現したダンジョンは国が管理して攻略もしている様子だし、焦ったところで俺たちにできることなどあまりないしな。

 俺もサンドイッチを摘まみながら、ノートパソコンを引っ張ってきて夢の内容を書き出しておくことにした。

 冒険者たちの会話は思い出せる限り詳細に、自動解説で分かったコアモンスター、ダンジョン領域、未討伐ダンジョンの情報についても纏めておく。

 情報を纏め終わった所で朝の日課であるメールの確認をすると、大学から休校の連絡が来ていた。消化しきれていない試験の予定は夏休み明けまで延期とあるが、講義再開時期は未定。こりゃ大分長い夏休みになるかもな。


「センパイ、大学からのメール見ました?」

「ああ、やはり休校になるらしいな。ゼミのSlackは確認したか?」

「いや、まだっす」

「確認してみてくれ。どうやら大学に自衛隊が来ているらしい」

「自衛隊?」


 ステーキを食べ終わって今度はサンドイッチを食べている先輩に促されて、ゼミで使っているSlackを確認すると、雑談用のチャンネルに大学近くに住んでいるゼミ生の書き込みがあった。


 nakata.k

 @channel

 なんか大学の方に自衛隊車両大量に向かってくんだけど、休校になったのと関係ある?

 昨日の騒ぎって結局なんだったん?


 omi.s

 @channel

 なんか理系学科棟の方で熊出たって話。

 五津木パイセンと篠崎が熊倒したって聞いたけどマ?


 nakata.k

 @channel

 は?熊?熊出たからって自衛隊来る?

 あと五津木パイセンはともかく篠崎は最近ゴリラだからマかもしれん。


 omi.s

 @channel

 あいつマジゴリラ。


 誰がゴリラか。

 頭の悪い会話がどんどんと本題からズレていくのを眺めていると、先輩が自分のスマホを差し出してきた。


「そっちを前提に、こちらも合わせて確認してくれ」

「掲示板っすか?」

「ああ、私たちの話題も出ているぞ。リア充カップルだそうだ」


 含み笑いをする先輩に苦笑しつつスマホを受け取る。

 見てみれば確かに俺と先輩のことっぽい話題もあった。これ書き込んでるの、救急車呼んだヤツかな?

 掲示板の人達は最近起きている異常をダンジョン出現によるものであると想定し、身近に出現したダンジョンについて情報を出し合っているらしい。

 近づくだけで恐怖を感じるダンジョン、感じないダンジョン。

 赤い光を放つダンジョン、緑の光を放つダンジョン。

 赤い光を放つダンジョンの方には自衛隊が出動しているらしい話。

 そして……、


「氾濫……」

「自衛隊は氾濫の起こる可能性のある赤い光のダンジョンに出動している。どうやら国もこの危機を正確に把握しているようだな」

「……センパイ、メール送るんで確認しといて下さい。今日夢で見た情報纏めたやつっす」

「ん?分かった」


 掲示板の住民たちはダンジョン氾濫の危機を知り、同じことを国も把握している。

 今は一部の人間の間でしか共有されていない情報だが、この調子で行けばそう遠くない未来、国中、世界中の人々が知るところとなるだろう。

 そうなればパニックは必至だ。特に氾濫の危険性のあるダンジョン近くに住んでいる住人は我先にと逃げるだろう。大学からそう遠くない距離に住んでいる俺も他人ごとではない。

 できることならいつ氾濫が起こるのか、それを知れればいいんだが……。

 俺は夢の内容を思い出しながらそう考えるのだった。


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