第41話 『異世界の喧騒』
クリーム色の靄の中にぼんやりとふたつの人影が浮かび上がり、段々と鮮明になっていくその顔がカイム君とマリィちゃんだと気付いた所で、ああ、夢だなと思考がはっきりとしてきた。
日に日にふっくらとした子供らしいラインを取り戻していく二人の姿に安堵するが、今日は町の様子も見たいんだよなぁと思った所で、視界が切り替わる。
パッと映画の場面転換のように切り替わった視界に映ったのは、土を均しただけの路地に白壁に木骨の住宅が並ぶ街並み。緩やかに蛇行しながら続く道の先には、西洋の観光地やテーマパークでしか見たことのないような白亜の城が、青空を背景に浮かび上がっていた。
人間の視界のような上下運動のない、低空飛行するドローンで撮影した映像のような視界が滑らかに道を進んでいく。
どうやらこの道は商店街のようで、木箱に山積みになった食材やそれを調理する屋台、木製の食器や小物家具などが並ぶ木工雑貨店に、武器防具屋、干した葉や果物、爬虫類などが紐で纏められて天井から吊るされている横に、薬の入ったフラスコ型の瓶が並ぶ薬剤店など、様々なファンタジックな店が並んでいた。
街を行く人波も賑やかで、肌や髪の色も様々な色彩に溢れていたが、ファンタジーの定番であるエルフやドワーフ、獣人といった亜人種は見当たらない。流石にそこまで現実離れした世界ではないようだ。
ざっと街並みを見渡した限り、家々の窓には木戸が嵌められているものが殆どだが、商店の表通り沿いにはショーウィンドウのように半透明の窓がある店もある。磨りガラスかと思ったが、薄く剥がした雲母だと解説が入った。ガラスや磁器は王侯貴族やよっぽどの金持ちの家にしかないらしく、庶民にとっては陶器すら贅沢品に当たるらしい。
今までの夢では映画でも見ているかのように、俺の意思とは関係なく映像が流れている感じだったのだが、今日の視界は俺が見たいと思ったものに焦点を合わせて移動していく。同調スキルが有効化された効果だろうか。
何にせよせっかくのチャンスだ、ダンジョンや『箱庭』に居るゴーレムのことなんかを調べられないだろうか。ダンジョンを直接見に行けば自動解説が働くか?……ちょっと不安なので、冒険者が居るなら彼らから情報を集めたい。ゴーレムに関しては……あれ魔道具の分類でいいのか?そういった物を扱っている店なら冒険者も出入りするだろうか。
直接品物を見たり、会話に話題が乗ったりすれば自動解説機能が働いてくれる。何か取っ掛かりになる情報が欲しい。
そんなことを考えていると、街を彷徨ってフラフラとしていた視界が、目的地を定めたように勢いよく動き出す。スイスイと泳ぐように進んだ先に見えるのは、古い銀行やヨーロッパの博物館のような、石造りの堅牢な建物だった。太い柱の奥、身長の倍はある扉を潜り抜け、広々としたロビーに出ると、商人から冒険者、貴族風の金持ちまで、多種多様な人々が次々と消えていくドアの向こうに一緒に潜り込む。
そこは、正面の舞台から扇状に客席が広がる歌劇場のような場所だった。客席は一列の座席ではなく、棚田の様に幅の広い階段状のフロアにテーブル席が設けられており、飲食をしながら舞台を見れるようだ。テレビで見たことあるラスベガスのディナーショーの会場みたいだな。
これから演劇かショーでも始まるのかと思ったが、会話を拾っているとどうやらここはオークション会場であるらしい。この世界では、基本的に珍しい魔道具や装備品等の高価な品物は、マーケットボードや店頭の販売では取り扱わず、オークションにかけられる場合が多いと自動解説が入る。
テーブルや人混みの間を迷いなく進んだ視界は、商人風の男達の集まるテーブルに近づくと、彼らの表情がよく見える位置で停止した。
「そういえば、お聞きになりましたかな?カントート商会さんが潰れた話は」
「いやぁ、驚きましたなぁ。まさかあのカントートさんが」
「砂糖の専売でかなり儲けていなさりましたからねぇ。随分と阿漕な商売をなさっていたようで」
「例の白砂糖ですか?」
「いえいえ、南の群島の方です。あちらの住人がマーケットボードを知らないのをいいことに、随分と安値で砂糖を買い叩いていたようで」
「群島に近づく他の商会の船を、海賊を雇って襲わせることまでしていたようですからな」
んん~?え、砂糖あんじゃん。てっきり異世界には砂糖なんて存在しないんだと思ってたんだけど……。いや、専売って言ってたな。つまりその何たら商会って所が独占してたせいで、砂糖が高価になりすぎてあまり流通してなかったってことか。
にしても、例の白砂糖って。これ、たぶん俺が売った砂糖のことだよな。
「白砂糖の方はアレですよ、アレ。破産の原因になったそうで」
んんんっ!??
「なんと」
「他の商会に砂糖を握らせないように、マーケットボードに出た砂糖は全て自動で買い取るようにしていたそうですが……」
「価格が価格でしたからなぁ」
「気付いた時には商会の金蔵がすっからかんだったそうですよ」
「ははぁ、それはまぁ、なんとも」
「例の白砂糖はなんと言っても品質がいいですからなぁ。もう少し価格が下がったら私も仕入れたいところです」
「今の価格では王侯貴族でもなかなか手が出ませんからなぁ」
えぇえええ……、つまりこれ、あれか?俺のせいで何たら商会さんが倒産したって話では?
そういえば、昨夜マーケットボードに砂糖を出品した時、2割くらい売れ残ってたような。今まで出品してた分は出した途端に間髪入れずに買い取られてたから、よっぽど砂糖人気なんだなって思ってたんだけど……あれ、自動買い取りされてたわけね……。
うあー……、いやでも、聞いた限りではかなりの悪徳商人っぽいからな……。商船を海賊に襲わせるとか相当だろう。これはどちらかといえば善行と言えるのでは?あんまり良くない目的のために自動買い取りに設定してたのはあちらの責任だしな。あんま気にしないでおこう。
商人達はいずれ自分達も砂糖を取り扱いたいという話を続けているが、砂糖の価格が下がるまではしばらく様子見のようだ。今購入してしまうと砂糖を貯め込んでいる(故)何たら商会が復権してしまうし、最低でも元の価格に戻るまでは示し合わせて購入を見送るつもりらしい。まあ、出品した先から買い取りされていたせいで、俺の売ってる砂糖の価格爆上がりしてたからな。一番初めに売った時は確か500万円台後半だったのが、今では900万に届きそうな値段になっている。
今後のことを考えれば食料品は売るよりも備蓄を始めたいところだったし、丁度良いかも。異世界に砂糖の供給が途切れた時の影響が心配だったけど、元々砂糖は存在したことも知れたし。
まだまだマーケットボードで購入したいものは沢山あるので、お金は貯めたい所だが、今日通って来た異世界の商店街を見る限り、食料品以外にも高く売れそうな物は色々とある。
もう少し商人達の話を聞いてから、冒険者の集団の方も見に行ってみよう。そう考えていた所で、急に視界が動き出した。
俺の意思をくみ取って動いていた視界が、急に制御を奪われた――否、奪い返されたような感覚。
どうやら夢の主導権が、俺から元の所有者に戻ってしまったらしい。視界は俺の意思とは関係なく移動し始めた。
……元の所有者か。わざわざ疑問に思ったことを自動的に解説してくれるシステムまで組み込んで、この世界を覗き見ている誰か。そんなことが出来る存在、世界の外側の存在以外考えられないだろう。
先輩はこの異世界や地球を、パソコンの中にインストールされているゲームソフトに例えていたが、この夢は外側の存在がプレイ中のゲーム画面に当たるのだろうか。夢を見ている俺は同調スキルで外の存在に同調し、異世界を盗み見る彼らの視界を更に盗み見ている……。
うーん、何か違うか?いや、基本的にはこれで合ってる気はするんだが、先輩と同調スキルについて話し合った時に出た見解は、同調スキルは俺達が何かに同調するスキルではなく、俺たちに対して何かが同調するためのスキル、または何かが同調したことによって得たスキルであるということだったはずだ。逆なんだよなぁ……。
それとも、俺に外側の存在が同調することで得たスキルを使って、逆に同調し返してるのが今の状態だろうか。
そこまで考えた所で違和感に気付く。いや、違和感がないのが逆に違和感というか……。同調スキルに関して考え始めるとかかる思考の靄と頭痛、それがいつまで経ってもやってこないのだ。
夢の中だからか?……いや。恐らく、今この瞬間、普段俺に同調し、俺の思考に制限をかけている存在が俺の中に居ないのだ。
そう、逆だ。逆なのだ。
俺は今、俺の中に入り込んで思考の一部を支配していた存在の中に逆に入り込み、先ほどまでその意識の支配すらしていた。
それに気づいた瞬間、ふつふつと胸の内からわき出したこの感情を、一体何と表現すればいいのか。
分かったのは、この現象こそが、世界の外側に居る存在に対して攻勢に出られる、唯一無二の一手であるということだけだ。
そこまで考えたところで、ふいに耳に飛び込んできた会話に意識が吸い寄せられる。
「シュジールの輝石ダンジョンのコアモンスターもまだ見つかっていないのか……」
「近隣諸国では他にドルトゼントでも未だ数か所のダンジョンでコアモンスターが未討伐だそうだ」
「シュジールもドルトゼントもダンジョン領域内に都市がない分まだマシだろう。問題は首都のすぐ近くに未討伐ダンジョンのあるダウンサートだよ」
「住民の避難は今から進めているらしいが、あそこは手付かずのダンジョンが多い国だからな。最悪は亡命だろうな」
「あの国が住民と認めているのは貴族や一部の富裕層だけだろう。他の国民は見殺しにするつもりか?」
「まあ、あそこの貧民層もなかなか強かだ。今頃さっさと国を捨てて逃げる準備でもしているんじゃないか?」
「はは、違いない」
視界が移動した先に居たのは冒険者風の集団であった。どうやら数パーティーが集まって情報交換をしているらしい。
俺は息をひそめて、彼らの交わす不穏な会話に耳を澄ませる。知らない単語が出ればすぐさま疑問を投げかけ、自動解説を働かせた。
コアモンスター?
魔石の代わりにダンジョンのサブコアを体内に持ち、氾濫の先触れとなるモンスター。始季節に生まれ一年間ダンジョン内に留まりサブコアを育て、終季節になるとダンジョン入り口にある鏡石と一体化し、モンスターの氾濫を引き起こす。通常、ダンジョン内のモンスターはダンジョン外ではその存在を保つことができないが、サブコアを持つコアモンスターが鏡石と一体化し鏡石がサブコア化することで、ダンジョン外でも活動が可能となる。
ダンジョン領域?
ダンジョンの外に存在するダンジョンの影響領域。ダンジョン入り口からおおよそ半径10kmほどの範囲がそのダンジョンの影響領域となり、鏡石がサブコア化した場合、この範囲内であればモンスターの存在消滅が起きなくなる。
未討伐ダンジョン?
コアモンスターが未だ討伐されていないダンジョン。終季節に氾濫が起こる危険があり、ダンジョン入り口の鏡石が赤く点灯している。
「しかし、半季を超えて尚、これほど多くのダンジョンでコアモンスターが見つかっていないなんて……前代未聞の事態だ。ギルド上層部は対応しているのか?」
「ダンジョンを攻略しているのは冒険者ギルドだが、その所有権は国にある。貴族連中が煩いようだが、何を言われようが、ギルドとしては通常通り冒険者を送り込むくらいしかできないからな」
「ダウンサートの王族どもは今更ダンジョンの所有権を放棄して、ギルドに責任を押し付けようと画策しているようだぞ」
「今更そんなことをして誰が納得すると思うんだ。ギルドの怒りを買うだけだろう」
「ま、その通りだな。ギルドは既にあの国を切り捨ててるよ。ダウンサートのダンジョンに潜ってた冒険者を、シュジールとドルトゼントに送り出してるらしい」
「ダウンサートなどこれ以上相手をしても仕方ないからな。さっさと切り捨てて2国に恩を売ったわけか。これはシュジールもドルトゼントも、ダウンサートの王族が亡命してきた所で受け入れんな」
「奴らも馬鹿をやったな。氾濫で都市が滅び、どこにも受け入れられず国が亡びる」
「まあ、民だけであれば各国も受け入れるだろう。受け入れ先の国民となることが条件にはなるだろうが……」
「ダウンサートと比べればどの国も民の暮らしは豊かだ。誰も拒否すまいよ」
「ま、比較対象が悪すぎるからな。あの国で虐げられていた連中は喜んで国を捨てるだろうよ」
「あの国の王侯貴族がどうなろうと知ったことではないが、あの広大な領地がモンスターの支配域になってしまうのか……」
「人類の生存圏がまた大きく削られるな」
「――、――――――。――――」
「――――――――――――、――――――――」
……
…
一語一句聞き漏らすことのないよう必死で耳をそばだてていたが、段々と視界がクリーム色の靄に覆われていく。目が覚める兆候だ。
まだ、まだ聞きたいことがある。そう必死になればなる程、意識はどんどんと世界を離れ、重力を失ったかのように浮かび上がっていく。
視界がついに明るい靄で埋め尽くされ、――パチリと目が覚めた。
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