第36話 『箱庭ダンジョン5』


本日2話同時投稿しています。最新話からこちらに飛んでこられた方は、35話からお読み下さい。

――――――――――――――――――――――――――――――――



「無理だわ、これ」


 ダンゴムシ捕獲作戦の結果は、この一言に尽きた。

 持って来たロープでぐるぐる巻きにする所までは上手くいったのだが、ミノムシみたいに縛り上げた所、ロープの内部でエビ反り自殺を慣行されて失敗。

 次は胴体にひと巻きして犬の散歩みたいに引きずって行こうとしたのだが、意外とパワーのある足でロープを千切られ脱走された。この際俺がメイスを振るって仕留めたのだが、呆気ない初戦闘だった。文字通り虫ぷちっとした程度の感慨しかない。

 次に、俺が持って来たキャンプ用のロープではなく、マーケットボードで売っていた鉄を練り込んだというロープを使用してみた。が、キャンプ用ロープよりもあっさりと千切られた。図らずも現代のキャンプ用品の優秀さを証明してしまったな。

 ちなみにこの逃げたダンゴムシは、万力の指輪を外した俺が素のステータスで倒してみたのだが、一撃で倒せたのは変わらないが、今度はちゃんと鉄を殴ったような手ごたえがあった。これ、先輩だと素のステータスじゃ厳しいやつ。成人男性でもメイスならともかくも、ナイフとか剣だと倒せるか怪しいな……。

 イビルマーモットと比べて弱すぎるんじゃないかと思っていたが、意外とそうでもないのか?うーん、でもなあ、さっきから何匹か倒しているが、レベルアップする気配もないし。

 俺は手に持っていた鉄の鎖(流石に千切られなかったが、逃げられないと分かった瞬間自殺かまされた)をマーケットボードに売り払いながら、ストレージを確認して『メタルバグの魔石』を取り出した。手のひらに転がった魔石は、『イビルマーモットの魔石』と比べると明らかに小さく色も悪い。

 恐らくあのイビルマーモットも、ダンジョンに浸入した時に最初にエンカウントするタイプのモンスターだと思うのだが、こうして魔石を見比べてみても、やはり強さに明確な差があるように感じる。

 このダンジョンが特別なのか、それともダンジョンによって出てくる敵の強さが違うのか。参考例が少なくて判断がつかないな。もし今後他のダンジョンに入ることがあるなら、強さの違いは気にかけておこう。


「さて、どーすっかなぁ……」


 視界の端では、ゴーレム達が次々と捕まえたダンゴムシ……基メタルバグを霧散させているのが見える。ダンジョンの大分奥の方まで進み、出てくるモンスターの数が明らかに増えていた。全部ダンゴムシだけど。

 このダン……じゃなくてメタルバグ、よく丸まって道の端に落ちているのだが、薄暗いダンジョンの中でそれをされると、石か土の塊にしか見えない。最初に何が何だか分からないうちに霧散してしまったのも、次に見えていたにも関わらずゴーレムが捕獲するまで気づかなかったのも、この擬態とも言える性質が原因のようだ。ライト当てるとピカッと反射するから一発で見つけられるんだけどな。

 メタルバグは、どうやらこちらが攻撃を仕掛けなければ何もしてこない大人しいタイプらしい。それが分かってからは、護衛について貰っていた2体のゴーレムも捕獲に参加してもらっているのだが、結果は芳しくない。

 今回ダンジョンに入った最大の目的は、捕獲したモンスターをダンジョン外に連れ出して、そのまま霧散するかどうか確認することだ。それなのにこのメタルバグ、文字通り死んでも捕まらない覚悟で自殺を仕掛けてくるし、もし運よく捕まえるか誘導して連れ出せたとしても、これではダンジョンの外に出たから霧散したのか、自殺して霧散したのか判断がつきづらい。メタルバグを実験に使うのはそろそろ諦めた方がいいだろう。

 ダンジョンに浸入してから既に30分以上経過している。先輩も心配しているだろうし、一度戻って作戦を立て直すか……。頑丈な鉄の檻とかあれば捕獲できるか?いや、捕獲はできそうだが、鉄の檻なんてなかなか売っていないだろうし、準備に時間がかかりすぎる。『箱庭』の安全に繋がるこの実験だけは、できれば今日中に終わらせてしまいたい。

 ……やっぱりもう30分くらいは粘ろう。しかし、方針転換は必要だ。


「ちょっと集まってー」


 手をパンパンと叩いて集合を促すと、散り散りになっていたゴーレムが戻ってくる。


「メタルバグの捕獲はちょっと難しそうなんで、捕獲対象を変えようと思う。……メタルバグ以外のモンスターが出る場所って分かる?」

わかるー。

おくにいっぱいいるー。

「そのモンスターを生け捕りにすることは可能?」

できるー。

かんたん。

「よしっ、じゃあ、今度はそのモンスターを生け捕りにすることを目標にしよう。とりあえず2体は護衛に戻って……1体でも捕獲できるか?」

らくしょー。


 以上、ゴーレムの動作を言語化してお送りさせていただいたが、ホントにこんな感じなんだよな。

 方針が決まったので、早速別のモンスターが出現する場所まで案内を頼む。

 途中のメタルバグは無視して進むつもりだったのだが、ゴーレム達が通り過ぎざまプチプチ潰しながら歩いて行くので、結局見敵必戦の道中になった。器用なことに歩きながら武器で突くので、進行速度は落ちてないからいいんだけど。

 そのまま5分ほど歩いたころだろうか、俺は不意に足を止めた。進行方向から、肌がザワザワとするような魔力の集まりを感じる。ひとつひとつは決して大きくはないが、結構数が多い。ザワザワと感じるのはその数のせいか。……いや、結構大きいのも2体分ほど居るな。

 これホントに進んでも大丈夫なやつ?なんかめちゃくちゃ一杯いない?

 俺に合わせて立ち止まったゴーレムに尋ねると、平然と頷かれた。


「ホントにだいじょーぶ?これ、モンスターハウスとか言うやつじゃない?」


 否定するように顔の前で手を振ったゴーレム達が、今度は自分の顔を指差す。んー?何て意味だ?ゴーレム……?あ、


「もしかして、他のゴーレム達が集まってる?」


 俺の言葉に、ゴーレム達は激しく頷いた。なるほど、この感じる魔力は全部ゴーレムね。でも、こんな集まって何してんだ?もしかして小さくて沢山ある魔力がゴーレムで、大きいの2つがモンスターか?集団で大物の相手してんの?

 ホントに大丈夫かよと思いつつも、自信満々なゴーレムに連れられて魔力の集まっている方向に向かう。近づくにつれ、カンカンという硬い物を打ち付けるような音を耳が拾うようになった。なんだろ、採掘でもしてる?いや、敵がメタルバグと同じく金属の体を持ったモンスターなら、敵に武器を打ち付ける音かも。

 そんなことを考えながら、通路の角を曲がった時だった。


「ん?明るい……?」


 道の先から、光が差し込んでいた。10mほど先の、丁度沢山の魔力が集まっているあたりから光が入り込んでいる。どうもその先は、明るく開けた場所に繋がっているようなのだが……。まさか外じゃないよな。

 思わず立ち止まった俺に、大丈夫大丈夫とでも言うような仕草で先を促すゴーレム。不安だ……。なんかさっきから鉄を打つような音が激しくなってきてるんですけど?なんか心なしかウキウキしてない?君たち。

 早く早くとでも言いたげなゴーレム達に急かされ、危ないと思ったら即座に鍵を使える準備だけはしておいて、光の先を覗き込む。

 そうして視界に入ったのは、外ではなく洞窟内の広場だった。壁にはウォールライトのような物が一定の間隔でつけられており、かなりの広さがある円形の広場を明るく照らしている。そしてその中には、最初にダンジョンの入り口がある部屋で見かけたよりも多くのゴーレム達が、車座になって2つの巨体を囲んでいる。ゴーレムなので無言なのだが、なんだか人間であれば野次でも飛ばしていそうな雰囲気だ。

 そして、彼らが囲む中心にいるのは……。


 それは、大きく張り出した肩から伸びる、太く長い2本の腕を持っていた。分厚く、2つに割れた胸板は、それが金属製でなければ指を跳ね返すような弾力を持っていただろう。後ろを向けば否が応でも視界に入ってくる、むっちりと引き締まったこぶのように2つに割れたお尻。

 ゴリラじゃん。


 同じ姿をした2体は、片手に持ったこん棒を、その長い腕を存分に振るって打ち付け合う。2合、3合、力の限り打ち合ったこん棒が同時にへし折れた。2体はすかさず後ろに飛びずさって距離を置く。上体を前倒しに、時計回りに円を描きながらにらみ合う2体。と、ふいに1体が起き上がり、折れたこん棒を投げ捨てると、仰け反るように胸を突き出し、張り出した胸を手のひらで叩きだした。

 ドラミングじゃん。


 激しい金属音を鳴らして胸を叩き続ける1体に対抗するように、もう1体も起き上がって胸を叩きだす。けたたましい金属音が広場に反響した。

 もう完全にゴリラの縄張り争い。


 異質なのは、筋骨隆々としたその金属製の体の上についているのが、貧相なムネエソ顔であることだ。

 もう完全にムネエソゴーレム亜種。


 つまり、その、なんだ……。

 ムネエソ顔のメタルゴリラが2体、沢山のゴーレム達に囲まれながら武器を打ち合っていた。

 思わず真顔になって、鍵による緊急脱出を図りそうになった俺は悪くないと思う。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る