第37話 『箱庭ダンジョン6』



 何してんの?ホント何してんのこいつら。

 俺の視線の先では、ドラミングから殴り合いに移行したらしいメタルゴリラの片方が、金属片をまき散らしながら吹っ飛んでいく所だった。その瞬間、ワッと取り囲んでいたゴーレム達が沸く。両手を突き上げたり、ハイファイブを交わしたりと無言なのに大はしゃぎだ。

 歓声に応えウィニングランをきめた勝者ゴリラは、そのままゴーレム達に見送られながら広間の反対側にあった通路の奥に消えていった。残されたのは、未だ興奮冷めやらぬゴーレム達とよろよろと起き上がった敗者ゴリラ、そして事態に着いて行けず取り残された俺。護衛ゴーレム?他のゴーレムに混ざって一緒にはしゃいでるよ。


 俺が呆然としていると、なんとか起き上がった敗者ゴリラが広間の隅に積んであった木箱に近づくと、山になっている木箱の中から幾つか鉄塊?のようなものを取り出し、口に放りこんでバリボリかみ砕きはじめた。突然の暴挙にひえぇとなりながら凝視していると、敗者ゴリラの顔や体についてた抉れたような損傷がみるみるうちに修復されていく。マジかよこいつ、そんな便利な自己修復機能持ってんの?資材が必要とはいえ便利すぎない?

 回復したメタルゴリラは、木箱の横に並べてあった武器類の中からこん棒を選ぶと、先ほどまで激戦が繰り広げられていた広場の中央に戻っていった。このゴリラ、武器を使うせいか、基本的に4足ではなく2腕2足で行動している。

 未だにワイワイ(雰囲気)していたゴーレム達は、戻って来たメタルゴリラに気付くと数体がその場に残り、残りは散り散りに散っていった。広間には俺達が来た道や勝者ゴリラが消えていった道の他、幾つかの道が続いているのだが、その奥に向かうゴーレムや、出入り口に陣取って武器を構えるゴーレム、木箱や武器の積んである一角で資材整理しだすゴーレムと様々だ。

 俺の居る通路の方にも何体か来たが、護衛ゴーレムも混ざってるな。お前らちゃんと仕事して。ごめんごめんじゃなくて。

 で、その場に残ったゴーレム達だが、何故かメタルゴリラと戦っていた。いや、戦っているというより、手合わせ?指導?どうもメタルゴリラがゴーレム達に訓練を付けているようなのだ。


「あー……、あのメタルゴリラ、お前らの仲間ってことでいいんだよな……?」


 俺の質問に頷いた護衛ゴーレムは、その場にしゃがみ込むと岩の地面を削って、何やら絵を描き始めた。え?いきなりなんなの?というか指一本で岩ゴリゴリ削るのすげーな。いや、今の俺なら鉄の棒とかあれば似たようなこと出来そうだけど。ということは、アクセサリーでステータス底上げしてる俺と、このゴーレム達の性能って同程度ってことになるのか?

 しばらく岩をゴリゴリしていたゴーレムは、出来た!見て!とばかりに顔を上げてこちらを見た。砂場にしたお絵描きを母親に見せてくる幼児か。いやいや正気に戻れ、相手はムネエソだ。薄暗い通路だとあまりよく顔が見えないので平気だったけど、明るい場所でその顔向けられると未だ怯みそうになんだよな。

 上半身を屈めて地面を見ると、そこには辛うじて人型をしていると分かる絵が4つ、サイズ違いで並んでいた。人型は左から右にかけてだんだんと大きくなっており、間には右向きの矢印のような模様も描いてある。んー?


「ええと、これがお前らで、こっちがあのゴリラ?」


 ゴーレムは1番小さな人型と自分を交互に指差すと、次に2番目の人型とメタルゴリラの間で指を行き来させる。俺が理解したのを確認すると、今度は1番目と2番目の人型の間にある矢印を右から左へとなぞる。つまり……?


「えっ……もしかして、」


 その時だ、大きい魔力の元に集っていた小さい魔力の中の1体――つまり、メタルゴリラと戦っていたゴーレムのうちの1体の魔力が、急に大きく膨らんだ。

 ハッとして顔を上げれば、広間の中央に居たゴーレムのうちの1体の体が、肩が、手足が、膨張するようにぐんぐん膨らんでいく。変化に要した時間は1秒にも満たなかった。変わりゆく体に耐えるように身を縮めていたそれが、のっそりと身を起こす。起き上がったゴーレム――否、新たなるメタルゴリラは、もう1体の、指導者であったメタルゴリラに向けて武器を構えた。ワッと盛り上がる周囲。通路の奥からワラワラと戻ってきて車座になるゴーレム達。あっという間に見覚えのある光景が出来上がった。


「いや、仕事しろよ」





「つまりおまえら、あと3回変身残してるってこと?」


 指導者ゴリラの勝利で終わったバトルの後、最初に勝者ゴリラが去って行ったのと同じ通路に入っていくメタルゴリラを見送りながら尋ねると、肯定の返事が返って来た。

 え、進化するって、お前ら魔道具じゃなくて魔法生物の類だったの?とか、ゴーレムの進化先がゴリラ???ゴリラも進化するの?何に?キングコングか???とか。頭の中は疑問で一杯だが、答えを持っているのは喋れないゴーレムだけであるし、先ほどの画伯っぷりでは絵に描いてもらっても理解できないだろう。こいつら字は理解できんのかな。まあ書けたとしても異世界語だろうけど。

 どうやらこの広場では、ゴーレム達がモンスターを倒し資材を集める傍らで、メタルゴリラによる戦闘指導で進化を促し、進化した個体が出れば先ほどのような一騎打ちを行い、勝者が先に進めるシステムが出来上がっているらしい。勝者ゴリラが進んだ先には、メタルゴリラだけでなく次や次の次の進化ゴーレムも沢山おり、より強いモンスターを狩っているらしい。つまりあの道を行くとダンジョンの深層に進めるわけね。

 一騎打ちの途中で奥から1体のメタルゴリラが木箱の山を抱えてやってきたが、持って来た荷物を下ろすとそのまま帰って行ってしまった。彼が持って来た木箱はゴーレム達が引継ぎ、ダンジョンの外まで運び出している。木箱の中を少し見せてもらったが、魔石の他は見事に鉱物資源ばかりが入っていた。鉄の他に金や銀、見たことのないカラフルな金属もある。鉄も、俺がメタルバグ数体を倒して漸く1つドロップしたピンポン玉サイズの塊より、大きなサイズの物が多い。やはり奥に進めば進むほど、ドロップアイテムも貴重な物が出てくるようだ。


 それにしても、随分と無駄な時間を食ってしまった。早く適当なモンスターを捕まえて帰らねば。

 広場にはたまに通路から侵入してくるモンスターが居るのだが、入って来たそばから出入り口で待ち構えているゴーレムに狩られている。今まで確認できたモンスターはメタルバグの他、金属製のムカデみたいなやつとか、バッタや蟻、蜘蛛等、メタル虫シリーズばかりだった。ムカデとか絶対に触りたくない筆頭の虫だが、金属製になると気持ち悪さが半減……というか、ちょっとカッコいいな。あれは持って帰るの難しそうかな。

 なるべく捕まえやすそうで自殺されなさそうな相手を探しているのだが、ダンゴムシですらエビ反り自殺とかいう奇抜な自殺方を慣行してくるのだ。これは大丈夫だろうという相手でも、油断しているとどんな自殺のされ方をするか分からない。

 とりあえず何か捕まえて自殺されないかどうか見てみるか、と他のゴーレムの戦闘風景を眺めていると、妙なことに気が付いた。


「ん?」


 通路から入って来たばかりのムカデが、その場でパタリと倒れたのだ。相対していたゴーレムは何もしていない、ただ立っていただけだ。倒れたムカデはすぐさまそのゴーレムに倒されてしまったが、一体なんだったんだ?

 他の戦闘風景を見ていると、たまにおかしな動きをする虫がいることにも気づいた。途中でぴたりと動きを止めてしまい、その間に狩られてしまうバッタだとか、突然その場で回転しだす蜘蛛もいる。あ、また蟻が倒れた。

 なんなんだろう、と隣に居た護衛ゴーレムと顔を見合わせ……気付いてしまった。


「あー……、ムネエソ……」


 そういやこいつら、俺にいつの間にか混乱耐性と恐怖耐性スキルを押し付けてくるほどの、顔面状態異常スキル持ちだったな。

 複雑な気持ちになったが、これは使えるかもしれない。

 モンスターが出てくる通路の入り口に、護衛ゴーレム3体を並べる。周りに居た他のゴーレムにも協力してもらい、次にモンスターが来たら何もせずじっと見つめてもらうよう頼んだ。5対10個の深淵の瞳がじっと入り口を見つめる中、やってきた哀れなムカデはその場でコロッと倒れ動かなくなった。しかし霧散はしない。


「よしっ!」


 この気絶?硬直?状態がどれほど続くか分からないので、ムカデとゴーレムを見つめ合わせながら移動しよう。ここまでの道中でこちらが気付けるほどの顔面効果がなかったのは、恐らく通路内が薄暗かったせいだ。ならばペンライトを持たせて下から顔を照らせばいいかな。薄闇の中、下方からの光で浮かび上がったムネエソ顔は、俺の方が気絶しそうになるくらい怖かったので、これなら効果バッチリだろう。

 途中でムカデが耐性を獲得してしまったら困るので、ダンジョン入り口までダッシュで急ごう。

 あ、ペンラ持ちゴーレム、お前は絶対こっち振り向くなよ!


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