第28話 『研究者の箱庭3』



 『箱庭』中に魔力を行き渡らせた卵は赤い光を治め、深紅に輝いていた魔石は急速に色を失っていった。最終的に、ほぼ最初に見た石と変わらない程度まで色彩の落ちた魔石に慌てた俺達は、追加の魔石を次々と投入して確実に『赤い石』と呼べるくらいまで魔力を充填する。ガス欠になったとたんあの廃墟に逆戻りなんて事態になったら笑えないからな。

 マーケットボードでは大量の魔石が売られているが、高価で品質のいい魔石は品数が少ない。一番高い物は2500万円程度だったが、その下にいくと1000万円を切る物が数個程売られているくらいで、品数が多くなってくるのは100万円に届かないレベルの魔石からだ。品質の良いの全部買い占めちゃうとあちらの世界の住人が困るかもしれないので、そちらの購入は程ほどにして後は量で補った。

 大量の魔石を扱ったことで、大体サイズや色による品質や価格の傾向がつかめてきたが、結論としては、基本的に魔石の価格は魔力の含有量で決まるらしい。一番高かった魔石はこぶし大のピジョンブラッドだったが、1000万弱で購入した魔石で、それより大きなサッカーボールサイズの物もあった。しかしこの石は、ストロベリークォーツのような色褪せたピンク色をしていて、感じる取れる魔力量も大きさに対して明らかに低い。同じ価格帯でサイズは小さいが赤みの強い魔石と同程度の魔力量であった。試しにこのサッカーボール大の魔石に僅かに回復した俺の魔力を注いで、再度マーケットボードに出品してみると、購入価格の1割増の値段になったので、内臓する魔力量によって値段が決まるのは確実なようだ。にしても、異世界では石でも人でも魔力ってかなり価値が高いんだな。МP回復用のポーションが流通していないせいだろうか。


「この箱庭、維持するだけで莫大な費用がかかりそうっすね。打ち捨てられたみたいになって売られてたのもそのせいかな?」

「どの程度の魔力を常時消費しているのかはまだ分からんが、魔石のみで維持しようと思えば最低でも日額で数百万はかかるだろうからな」

「これ作ったのよっぽどの金持ちか、魔力量が多かったのか。それともダンジョンにでも潜って自分で魔石取ってきてたんすかね」

「その全部という可能性もありそうだ。私たちも気軽に潜れるダンジョンがあればいいのだがな。大学のアレは今後も国の管理下に置かれるだろうし。……いや、無理か。ダンジョンが存在するだけで周囲にあれだけ影響を与えるなら、誰にも知られずダンジョンを隠しておくなど不可能だな。プライベートダンジョンなど夢のまた夢というわけか」

「結構離れた場所に居ても皆不安そうでしたからね」

「それに、ダンジョンがあったとて、私たちに本当にモンスターを倒せるのかという問題もある。少なくとも私はあんなモンスター倒せる気がせんな」

「センパイ、戦闘パーティー組むとしたら完全に後衛魔法職タイプですもんね。物理攻撃力さっぱりなさそう」

「ダンジョン探索に興味はあるが、魔法攻撃手段があるのか、それを探し出すまではお預けだな。戦闘の機会があったら君に任せることにしよう」

「いや、俺も喧嘩とかしたことないから戦闘はさっぱりなんで。任されても困るんすけど……。そういや、中庭に図書館っぽい建物ありましたよ。あそこなら魔法についてもなんか資料あるかも」

「なにっ!?それを早く言ってくれ!」


 図書館と聞いた瞬間走り出そうとした先輩を慌てて引き留める。中庭は外から回り込もうと思うと相当遠いのだ。屋敷の玄関から突っ切ってショートカットできるので、案内がてら俺も一度図書館の確認に行くことにした。

 にしても、戦闘か。現在進行形で地球にダンジョンが出現しており、昼間見たようなモンスターが地上に溢れ出すような事態が起こりうるなら、俺も闘う覚悟を決めなければならないのだろうか。今日遭遇したモンスターは、地上に出て数秒と持たずに霧散した。モンスターが地上に出てこれず、ダンジョン内だけでしか生息できないというのなら、俺がダンジョンに潜ってまでモンスターを倒しに行く必要はないと思えるのだが、先輩の話していた氾濫やスタンピードのように、条件によってはモンスターが地上に出てこられる仕様である可能性も考えられる。

 未来に備えて俺も戦闘手段を考えておくのは悪いことではない。でもなぁ、武器とか使いこなせる気がしないんだよな……。ゲームの定番で言えば、剣や槍、弓、あと銃とかもあるか?無理だわ、武器に振り回される気しかしねーわ。やっぱ鈍器かな。俺の今の筋力なら適当に振り回して当てるだけでも、相当ダメージ与えられそうだし。マーケットボードで何か探してみるか。いや、普通に警棒でも買った方がいいかな。あれなら日常的に携帯してても護身用で通せるし。

 マーケットボードといえば、МPの最大値を上げるために知力や精神系のアクセサリーをもっと買って装備しておいてもいいかもしれない。巨大卵に魔力を補充するのに、全てを魔石で補うというのはあまり現実的ではないだろう。金銭面では余裕もあるし、追加で稼ぐ当てもあるが、この調子で購入していると魔石の方が先に品切れになりかねない。それを考えると卵に魔力を補充するのは、俺や先輩が直接魔力を注ぐ方が将来的にも不安は少ないだろう。魔石は俺たちの魔力で足りなかった分を補うための備蓄として、ある程度確保しておく必要はあるが。


 そんなことを考えながら屋敷に向かって歩いていると、ふいに、背後から微かな魔力の流れを感じた。気のせいかと思うほど微かな、脈動のような魔力の揺らぎ。元気に前を歩く先輩は気付いていない。

 ゆっくりと背後を振り返れば、視界に映るのは先ほどと変わりない光景。遠くに見える林は青々と茂り、最初に見た黒い林とはまるで別物のようではあるが、それは『箱庭』が魔力に満たされた時に起こった変化だ。輝く芝生も、種が残っていたのか所々に芽吹いた花実もそう。

 そして視界の中央に鎮座する巨大な卵も、当初とは比べ物にならないほど魔力に満たされているのを感じるが、おかしな魔力の乱れはなかった。にしても、あの卵の魔石、こうして見れば見るほど巨大さが分かるな。

 最初に見た時は魔力が空だったため外から見ても魔石の大きさは想像するくらいしかできなかったが、魔力で満たされている今では、その尋常ではない巨大さがはっきりと認識できる。あれがモンスターからのドロップだとしたらとんでもないな。マーケットボードにはあんな魔石売ってねーし、魔力満タンにして売りに出せば、億では足りない値段が付くんじゃないか?それこそドラゴンクラスのモンスターじゃないと……ドラゴン……まさか、これもカイム君のご先祖様が討伐したとかいうドラゴンの魔石だったりしないよな?……いやいや、流石にそんな偶然アリ?ないでしょ。ないよな?俺がドラゴン肉食べちゃったから魔石が変な反応したとか、そういう怖い話やめてよね!

 まあ、あれが仮に例のドラゴンの魔石だったとしても、今は加工されて魔道具の卵に……卵……。


「……センパイ」

「ん?」

「あの魔道具って、なんで卵の形してるんすかね」

「んー、そうだな。卵は古来より豊穣と命の象徴。これは地球での話ではあるが、新たな命そのものである卵の特性を考えれば、異世界での扱いも似たようなものだろう」

「新たな命……」

「そう考えれば、『箱庭』に魔力を満たして命を芽吹かせる魔道具の形状としてはさほどおかしなものでもない」


 あの卵からドラゴン生まれてくるかもとかホントそういうのやめてよねー!!!

 俺の思考がもし先輩に聞こえていたのなら、先輩はこう言っただろう。


「君、それはフラグだ」



――――――――――――――――――――――――――――――

繁忙期乗り切りましたので更新再開します。

話が全然進んでなくて申し訳ありませんが、疲労で視力低下が起こっててちょっと画面見るのがきついので今回はご勘弁下さい。

土日頑張ってなんとか箱庭の探索終了させたい。


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