第27話 『研究者の箱庭2』



「俺、ちょっと屋敷の周りをぐるっと回って全体見てきますけど、センパイはどうします?」

「私は今日はそこまでの体力が残って無いな。あの卵を調べて待っていよう」


 あの埃まみれの屋敷に無理矢理突入する元気もなかった俺達は、それぞれ外の探索をすることにした。先輩と別れて建物の周りをぐるりと一周すべく歩き出す。

 外から見た屋敷は3階建てで、どうやら凹のような形をしているようだ。外壁は長さの違う長方形の石を積み重ねた石造りの建物で、窓には全てガラスが嵌っている。あの世界、ガラスなんてあったんだな。

 屋敷の周りには、恐らく果樹園跡と思われる枯れ木の林や、作業小屋みたいなものもあったが、こちらも埃まみれであろうことが予測されるので、とりあえず場所だけ覚えておくことにした。果樹園か……これは是非とも復活させたい。今後世界の混乱が深まれば、食料の供給も不安定になるだろうし、『箱庭』で食べられる物が収穫できるようになれば心強い。できれば畑も作りたいよなぁ……。そういえば、ここの土ってどうなってんだろう。

 『箱庭』にはデフォルトで地面が存在するようだが、どこから持って来た土なのかは解説が働かなかった。まあ、果樹園があったり林があったり、前庭には花壇なんかもあったようだから、植物は問題なく育てられる土なんだろうが……。ちょっとしゃがみ込んで土を掬ってみるが、知識もないのでどういった状態の土なのかなんてさっぱり分からない。

 多分ミミズとかはいないよな。微生物は存在するのだろうか?植物が育つ際に大地から失われた栄養素は自然に回復されるのか。畑を作るなら色々と調べなければならないことは多い。そもそも農作業とかやったことねーしな~。そこから不安である。


 探索を再開して外周の半ばまで来たのだが、とにかく屋敷が大きい。窓の数から部屋数を予測しながら見て回ったが、既に回った半分だけでも40部屋くらいあった気がする。これで30人用とか嘘だろ。どんな人が建てた屋敷なんだろ。

 凹の中央の空白部分の中庭には、大きなドーム状の屋根を持つ、円形の建物が建っていた。大きな縦長の窓から少しだけ中を覗き込んでみる。室内が暗い上にガラスが曇っていてぼんやりとしか見えないが、壁一面に棚が並んでいるように見える。あれ、もしや本棚では?ということは、ここは図書館か。これは先輩が大喜びしそうだ。

 母屋である屋敷の、丁度玄関の反対側にドアがあるのが見えるので、恐らく玄関を開けた時に少しだけ見えた大階段の裏側に、中庭に続く出入り口があるのだろう。わざわざ外から回り込んで来なくても、玄関から突っ切って来れるのは有難い。

 中庭の探索は程ほどで切り上げ、外周のもう半分を見て回る。

 太陽が無いので分からなかったが、こちら側の方が日当たりがいいのか(太陽も存在しないのに何故か不思議と明るいという奇妙な空間で、日当たりもくそもないと思うのだが……)天井から床まで大きく窓を取った部屋が多く、バルコニーやサンルームといった屋敷の反対側では見られなかった造りもあった。

 屋敷から少し離れた場所には、木造の骨組み以外全面ガラス張りの、温室と思しき建物まである。

 こちらは埃の心配は無さそうなので少し中に入ってみたが、レンガ敷きの通路が張り巡らされたオシャレな空間で、中央には噴水と思しきものまである。水は流れていないが。噴水からは温室中を巡らせるように水路が伸びており、これで水やりもしていたようだ。

 温室を出て玄関まで戻ってきたが、先輩の姿は見当たらない。先ほど言っていたように、卵を調べに行ったのだろう。この場所からでもあの巨大卵はよく見えるのだが、巨大すぎて卵の向こう側に居ると全身がすっぽり隠れてしまうのだ。……いや、なんか見えてるな、地面に。あれ……。慌てて卵まで走る。


「センパイ!?」


 卵の足元の地面には、先輩が倒れるように仰向けに寝そべって……いや、寝てるなこれ。健やかな寝息が聞こえる。え?なに?なにこの状況?


「ちょ、センパイ!起きて!大丈夫っすか!?」

「んん~……?んー、あと5分……」

「寝惚けてる!?ちょっとセンパイ、寝るなら部屋戻って、布団で寝て下さい!」

「んんん……やだぁ~……」


 どうやらホントに寝てるだけだったらしい。まあ今日は色々と事がありすぎたので、疲れているのも分かるが、だからと言ってこんなところで寝ないでほしい。卵の周辺は円形の芝生の花壇になっているが、元は青々としていたのだろう芝生はすっかり色を失って枯れ果てているし、寝心地がいいとはとても思えない。

 あんまり愚図るので最終手段で担いで部屋に戻ろうかと考えていると、先輩が渋々起き上がったかと思えば、自分のタブレットを弄りだした。


「んー……やはり宿屋に泊まれば全回復!とはならんか」

「いや、どう見ても宿屋じゃないでしょ。まさか魔力の注ぎすぎで倒れてたんすか?」

「そこまでは出来なかった。МPが0になるまで注ぎ込んだのだがな、体感ではまだ体内に魔力が残っている感じがする。恐らく危険水準になる前にセーフティが働くのだろう。МPはそれを踏まえての数値というわけだな」

「つまりホントは倒れるまで試そうとしたんすね……」

「うむ!」


 元気よく返事するとこじゃないんだが。俺の心臓にはよろしくないが、こういう人なので仕方がない。流石に本気で命の危機に瀕するまではやらないだろうし。

 卵の魔石に触って、寝ている間に僅かに回復したらしいМPも注ぎ込んでいる先輩の隣に立つ。せっかく魔力操作のスキルを手に入れたし、俺も試してみるか。

 触ってみた魔石は、最初に見た時と同様にただの石にしか見えない。魔力の充填具合によって赤くなっていくんだと思うんだが、先輩の全魔力を注ぎ込んでも赤さの欠片もないな。

 朝、魔力を体の外に出そうとしたときには少しも漏れ出さなかった魔力が、魔石に触れている指先から徐々にあふれ出し、じんわりと魔石に染み込んでいくのを感じる。これが魔力操作の効果か。どんどんМPが減っていくのをタブレットで確認しながら魔力を注いでいくと、МPが0に近づくにつれ少しずつしんどくなってくる。なんというか、身体的なキツさはないんだが、めちゃくちゃテンション下がって何もする気が起きなくなるというか。やる気出ねー!って叫びたくなるかんじ?


「結構しんどいっすね、これ。МPってメンタルパワーのことでしたっけ?」

「いや、魔力だからな。恐らくマジックポイント、もしくはマジックパワーの略だと思うが」

「でも、МPの上昇に精神のステータスの影響が大きいってことは、魔力って精神力との関りが深そうっすよね」

「肉体から湧き出る体力とは別の、精神、或いは魂から湧き出る未知の力か。……お、少し赤くなってきたんじゃないか?」


 先輩に言われて魔石をよく見ると、先ほどよりも心なしか赤みがかってきたような気がする。卵の中に隠れた部分にも全体に薄っすらっと魔力が満ちてきたのを感じるのだが、ここで俺の魔力も尽きた。


「うーむ、満タンまで満ちるには先が長そうだな。やはりМPポーションがないのが辛い」

「何度探してもМP回復できそうな薬って無いんすよねぇ。うーん、薬以外だと……あ!」

「どうした?」

「魔石から魔石に魔力の補充ってできませんかね?」

「なるほど!それは試してなかったな!」


 魔力というキーワードからの連想で提案すると、先輩が嬉々としてズボンのポケットから今日ドロップしたばかりのイビルマーモットの魔石を取り出し、卵の魔石に触れさせた。その瞬間、先輩が手に持っていた魔石が消失する。――否、一瞬で消えたように見えたが、俺達は魔力の流れで、イビルマーモットの魔石が卵の魔石に吸い込まれていったのを感知していた。

 思わず先輩と顔を見合わせる。


「……いけそうだな」

「魔石ならいくらでも売ってるので、片っ端から買っていきましょう」


 俺がマーケットボードから魔石を購入し、先輩が卵の魔石に吸収させる流れ作業を実行したが、安い魔石では全く色に変化が見られないため、だんだんと面倒くさくなってきた俺は、朝見かけた2500万のお高い魔石を思い切って購入しぶち込んだ。それが決め手となったのだろう。


 こぶし大の、ピジョンブラッドの魔石を吸い込んだ卵の魔石はみるみると透明度を上げ、取り込んだ魔石と同じ澄んだ深紅に染まった。一瞬の沈黙。次の瞬間、巨大魔石からあふれ出た魔力が卵の表面の彫刻に流れ込むように全体に染み渡り、塗装の剥がれ、灰色の地肌を晒していた巨大なオブジェが、鮮やかな赤に塗り上げられ、金の装飾を施された在りし日の姿を取り戻した。卵の表面に散りばめられた宝石も鮮やかに光り輝いている。

 変化はそれだけに留まらない。

 卵のオブジェから発せられた光が波紋のように大地に広がっていき、光の帯が通り過ぎた後には、枯れ果てていた草木が緑を取り戻し、瑞々しく生い茂っている。草木だけではない。屋敷に到達した光は埃を払い、曇っていた窓を磨き上げ、灰色の外壁を温かみのあるレンガ色に染め上げて空へと昇っていく。空へと広がった光は、そのまま世界を包み込み、オブジェの上空で収束した。

 見上げれば、強い光に目を焼かれそうになる。カイム君の『箱庭』には存在しなかった、太陽だ。

 世界が色を取り戻した。そんな風に感じるほどに、変化は劇的であった。


「これは……ファンタジーというより、ディ〇ニーだな」


マジそれな。


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