第20話 『急転・下』
※本日19話と20話を同時更新しています。最新話からこちらに飛んでこられた方は19話からお読みください。
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「そういうことは先に言ってくれ」
「だってセンパイっすよ?まさかあんな反応が返ってくるとは思わないじゃないっすか」
「君は私を何だと思ってるんだ」
「そこで遺憾の意!って顔されるのこっちが遺憾なんすけど」
ゼミ室を出て人気のない廊下を歩きながら、きちんと効果を説明した忍耐の指輪を嵌めた先輩が、おぉ、と歓声を上げる。
「これは凄いな!気分がスッキリした!」
「よかったっすね。そんじゃ泊まりの話は――」
「もちろん行くぞ!」
「――まーそーっすよねー……」
知ってた。
まあ、『箱庭』の探索もしないといけないし、泊まらず帰るとなると大した時間も取れなくなるので仕方ないか。
指輪の嵌った右手を目の前でひらひらさせて、矯めつ眇めつ楽しそうに眺めていた先輩が弾んだ声で話しかける。
「異世界のアイテムというのは本当に興味深いな。他に何か面白いものは買ってないのか?ポーションとかは?」
「あー、ポーションはありましたね。買ったことねーけど」
「ぜひ買ってみてくれ!お金は私が出す!」
「いや、俺も興味あるんで、俺が出しますよ。……ライフポーションとキュアポーションがあるみたいっすけど」
「では、ここは割り勘といこう。キュアポーションは名前から察するに状態異常回復薬か?МPポーション的な物が無いな……。とりあえずライフポーションを頼む」
「了解」
МPポーションか。そういえば、さっき血で魔力を注いだけど、あれМP使ったことになんのか?あと、針で指を刺したのはHPに影響するのか。
気になってステータスボードを確認すると、HPもМPも特に減った様子はなかった。どうやら血に含まれる魔力は別計算らしい。もしかしたら時間経過で回復しただけなのかもしらんけど。
割り勘ということなので、一番安いライフポーションⅠにしておこう。これなら1500円程度で買える。
周囲に人がいないのを確認して購入したライフポーションの瓶は、想像していたよりもずっと小さかった。5mlサイズの香水瓶みたいだな。内容量もそんな感じ。説明文によれば、生命力と傷を僅かに回復させる飲み薬らしい。
厚手のガラスで出来たミニチュア丸底フラスコみたいな瓶に、澄んだ水色の液体が満たされたポーションを、アイテムが突然現れるのを興味深げに観察していた先輩に手渡した。
おぉお、と感動した様子で両手で持った瓶を頭上に掲げる先輩に釘を刺す。
「安全性が確認できないうちは、間違っても飲んだりしないで下さいよ」
「分かった!」
と言ったそばからコルクの蓋を外し、中の液体を指に垂らしている。
「センパイ!!舐めない!!!」
「舐めてはいないぞ!ちょっと刺した傷の所に垂らしただけだ!」
「余計に!!ダメ!!!」
飲むなと言うからかけたのに、と不満げな顔をする先輩を慌てて引っ張って、来た道を戻った所にある給湯室まで連れて行くと、ポーションをかけた指を水で洗い流す。大した用心もせず異世界食材食べちゃった俺の言えることではないが、もうちょっと警戒心を持って先輩。好奇心100%で動かないで。
「今度金魚かメダカでも買って試してみますから、それまで絶対飲んだりしないで下さいよ。かけるのもダメ」
「むぅ、しかし傷は治ってるぞ、たぶん。痛みが無くなった」
「傷は治っても副作用やアレルギー反応が出るかもしれないでしょ。それに、異世界人とこっちの人間が本当に同種の人類かどうかも分からないんすから」
異世界人にとっての薬効が、こちらの人間には猛毒になる可能性もある。
例えば、地球ではかつて猛毒だった酸素を代謝機能に利用し、酸素呼吸できるように進化することで生命が生き延びた歴史があるが、異世界の生命がその進化の歴史を経ていなかった場合、こちらの大気すらあちらの世界の住人には猛毒になりうる。まあ、夢で見ている限りそこまで極端な進化の違いはなさそうだが。
しかし外見上は同じ人類種に見えても、実は内臓の構成や数が違っていたりだとか、遺伝子レベルでどの程度の差異があるかは、外から見ているだけでは推し量ることができないのだ。
というわけで、安全確認せず自分の体で人体実験するのは止めて欲しい。せめて動物実験してからにして。俺が自分で買ったものを自分の裁量で試して死んだとしても、完全に自己責任、俺がバカだったというだけで済むのだが、俺が渡した物を先輩が自分に使って異常が出たりしたら、それは先輩だけでなく俺の責任でもある。
「センパイに何かあったら、俺が責任感じるんでやめて下さい」
「……それはいかんな、分かった。気を付ける」
先輩も自己責任、自己裁量で好き勝手するタイプだが、人に迷惑をかけることは好まない。
ここで納得してくれるなら大丈夫だろうと安堵していると、先輩がパッと表情を輝かせた。
「私が自分でマーケットボードから購入できるようになれば万事解決ではないか?」
「それだとマーケットボードの存在教えたことに対して責任感じるんすけど」
「それはそうか……。しかしマーケットボードは私も欲しいな。あれがあれば翻訳作業が捗りそうだ。」
「確かに」
先輩はステータスボードの内容を、日本語版と異世界言語版で比較して翻訳していたが、ステータスボードとマーケットボードでは情報量に膨大な差がある。ステータスボードには僅かな単語と数字しかないが、マーケットボードの商品説明欄なんかは文章が載っているので、それを利用すれば一気に翻訳作業は捗るだろう。俺が自分のマーケットボードから書き写してもいいのだが、異世界言語のあのミミズののたくったような文字を書き写すのは大変な作業になるし、相当な手間だ。それもあって先輩も俺に頼んできたりしないのだろう。
マーケットボードが出現した時の状況については、昨日簡単な説明は済ませてあるのだが、手に持ったペンを売りたいと考えた程度では先輩が試しても出現はしなかった。
給湯室を出て外に向かいながら会話を続ける。
「マーケットボードが出現するための要件がイマイチ不明なんすよね」
「要らない物を売りたいと思っただけで出現するのなら、今頃人類の大半が所有しているだろうしな。――そうだ、昨日色々調べていたら面白い物を見つけた」
そう言ってスマホを操作し、先輩が見せてくれたのは、どこかの掲示板の内容だった。幾人かの人達がステータスが出現したことについて会話?会話している。
「ステータスが出現する人はポチポチ出始めてるんすね」
「ああ、だがマーケットボードに関する話題は無いな。しかし、これを見る限り、ステータスボードの出現条件は何れかの能力値が上昇することか?だとしたらマーケットボードは――」
階段を降り、エントランスに出る。
先輩が一人考え込み始めたところで、そういえばマーケットボードの出現した状況については話したが、ステータスボードが出現した状況と、ドラゴン肉やステータスアップの実についてはまだ話していなかったことを思い出した。
ここら辺は情報共有しといた方がいいなと、口を開こうとした、その時だ。
「うわぁあああああああ!!」
夕暮れの中庭に悲鳴が響いた。
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