第18話 『急転・上』



 放課後のゼミ室で先輩を捕まえて……というより、無事に見れたらしい夢の報告をすべく俺を待ち構えていた先輩に捕まって、俺は魔力操作について相談していた。速攻解決したが。

 先輩曰く、血や髪に魔力が宿るというのは魔法の出てくるフィクションでは常識らしい。俺はそっちの文化はあまり詳しくないんだが、ラプンツェルとかは映画見たことあるので何となく想像できる。血や髪とするのはそれが人体から切り離しやすいからで、俺が魔力を感知した時の感覚からするに、実際には肉体のどこを使っても魔力を含んでるのではないかとも言っていた。うん……、指切り落とすより髪切る方が抵抗少ないよな……。

 思い返せば、以前夢でドラゴンに関する情報が出てきたとき、強大な魔力を有するドラゴンは、血の一滴にまで魔力が宿っているという情報があった気がする。

 俺の魔力がドラゴンほど高いとは思えないが、この全身の細胞一つ一つに魔力が宿ってるような感覚からするに、血にも魔力が含まれている可能性は高い。

 鍵全部持ってくるのは重いので、自分と先輩と正仁の分、計3つだけ持ってきた鍵を前に、早速手持ちのソーイングセットから取り出した針で躊躇なく自分の指を刺す先輩に戦きながら、俺も先輩から借りた針を恐る恐る指に刺した。いや、自分で刺すのって結構怖いっしょ。躊躇いなくやれる先輩やっぱやべーな。

 指先からぷくりと溢れて玉になった血を、マスターキーに擦りつける。

 なんとか魔力操作が上手くならないものかと、今日はイヤーカフ着けっぱなしで大学に来たのだが、じっと鍵を見ていると、じわじわと魔力が染み込んでいくのを感じ取れた。

 イヤーカフまで着けるとアクセサリーゴテゴテしすぎなので……というか豪運+100装備3つは流石に盛りすぎだと気付いたので、今日はいつものバングルの他は、新たに揃えた+20のアクセサリーをいくつかつける程度にしておいた。

 +20装備は無駄な装飾も無く小さな石が付いているだけのシンプルなアクセサリーなので、フルセットで装備してもあまり見た目がごちゃごちゃしない。今日はファーストピアスみたいなシンプルなピアスと、ちょっと幅広なヘアピンを着けてきたが、ヘアピン1本だとデコ出しヘアが難しかったので、精神を上げる忍耐の髪飾りも追加してみた。……ら、驚くほど精神が安定した。

 今の俺に必要なのは、運よりも精神力だったらしい。追加で忍耐の指輪も購入して嵌めてきた。

 血がよく出るように指を揉みながら、そこに嵌った指輪を見つめていると、視界の端からぬっと白い手のひらが伸びてくる。


「そのイヤーカフ、少し借りてもいいか?」

「いいっすけど」


 イヤーカフを耳から外して先輩の手に載せると、感知できていた魔力の感覚がどこかぼんやりとしたものになった。逆にイヤーカフを装着した先輩は、目を輝かせながら鍵を見つめているので、どうやら無事魔力が感知できたらしい。効果のほどがイマイチ不明なアイテムだったが、魔力操作のスキルが無くても結構役に立つな。

 揉んでも抓んでもいよいよ血が出なくなってきたころ、ようやく鍵に魔力が満たされたのが感覚的に分かった。

 それと同時に、マスターキーを使った子鍵の操作方法が自然と理解できた。どうやら、マスターキーをキーリングに戻した状態で魔力を注ぐことで、キーリングから外されている子鍵も遠隔で操作できるらしい。

 マスターキーだけの特別な仕様で、一定距離登録者から離れるといつの間にか手元に戻ってくる機能が付いているらしく、子鍵やキーリングはマスターキーがあれば呼び寄せられるので、紛失や盗難対策もバッチリだ。これ、邪魔だから家に置いてきても、いつの間にかポケットとかに入ってるってことだよな。やば、洗濯の時とか気を付けねーと一緒に洗っちゃいそう。


「早いな、もう終わったのか」

「センパイの方はもうちょいかかりそうっすね」

「君の持つ鍵の方が必要な魔力量は多そうなんだがな。血に含まれる魔力量の違いか?」

「たぶん?これ、血ぃ拭き取っちゃっても大丈夫っすかね?」

「見た所、血に含まれていた魔力は鍵の方に完全に移動しているように見える。恐らく平気だろう」


 先輩のお墨付きも貰ったので、ウェットティッシュで鍵に付いた血をふき取る。装飾が細かいせいで溝の奥に入り込んだ血がなかなか落ちないのだが、これ水洗い大丈夫なやつかな?丸洗いしたいんだが。

 出血が止まってしまったのか、追加でもう一か所針を刺している先輩の方はもう暫く時間がかかりそうなので、俺はもう一つの方の懸念事項も相談してしまうことにした。


「今日見た夢で、あっちの世界にはダンジョンまであるって情報出てきたんすけど」

「私も見たな。街中で話している住人の会話を拾っただけだが、あちらの世界には相当数のダンジョンがあるらしい」

「このまま行くとこっちにもモンスター出てくる可能性もありますよね」

「モンスターどころか、ダンジョンそのものが出現する可能性すらあるぞ」

「うわ、マジで」

「最近のネット小説では定番だ」

「これも」


 やべーなネット小説。そんな話まであるのか。俺も勉強した方がいいかな。

 恐ろしい予想に慄いていると、先輩は少し迷うように視線を彷徨わせた。


「……これもネット小説の定番設定なんだが、ダンジョンでは氾濫、もしくはスタンピードと呼ばれる現象が起こるものがある」

「字面からしてヤバさ万点で聞くの遠慮したいんですが」

「まあ聞いてくれ。正直一人で抱えていたくない」

「センパイがそこまで言うって絶対ヤバいやつじゃん……」

「ダンジョンからモンスターがあふれ出して地上を更地にする現象だ」

「聞きたくないって言ったでしょ!今!」


 俺の抗議にも涼しい顔で知らない方が怖いだろうなどと嘯く先輩にため息を吐くが、まあ確かに無知でいる方が危険だ。それに先輩には、恐怖心とその原因を自覚させてしまった負い目もある。まあ、先輩なら自力で自覚するのも時間の問題だったろうが、それでもだ。

 俺が先輩と事情を共有できたことで、精神的にかなり救われているのは確かなのだ。ならば、先輩が一人で抱えきれないというなら、俺も一緒に背負うのが道理だろう。ぶっちゃけマジで知りたくなかったが。

 そんな俺の葛藤をよそに、先輩はようやく魔力登録が完了した鍵を目の前に掲げた。


「そういった事態が起こりうる可能性を考えると、この『箱庭の鍵』の有用性は計り知れんな」

「まあ、それは確かに」


 モンスターがダンジョン外を自由に闊歩するなんて事態が起これば、地上に安全な場所は無くなるだろう。その点『箱庭』は世界と完全に隔絶された空間だ。このアイテムさえあれば、完璧に安全な空間を確保できる。

 しかし、マーケットボードにはそれなりの数の『箱庭の鍵』が出品されてはいるが、到底全人類分を賄えるような数ではない。それに、出品されている『箱庭の鍵』は、価格から察するに、大半が何も手を入れていない真っ新な更地の物だ。自力で住環境を整える必要があるし、水や食料の問題を考えればずっと閉じこもっているわけにもいかない。それに、人類文明が崩壊し、インフラが破壊されてしまえば、外に出ても水や食料の確保も難しくなるだろう。


「氾濫だのなんだの、杞憂であればいいんすけど……」

「こういう時は一番最悪の可能性に備えて動いた方がいい。まあ、大体氾濫やスタンピードには条件がある場合が多いんだが」

「というと?」

「よくあるパターンだと、ダンジョン内で増えすぎたモンスターが外にあふれ出す……つまりダンジョン内で定期的にモンスターを狩っていれば氾濫は防げるというものだな」

「それ、スタンピードだと意味的に、ダンジョン内でモンスター狩りすぎると恐慌状態になって外に逃げ出したりしません?」

「その設定はあんまり聞かんが……。いや、そういう可能性もあるな。元々ダンジョンの存在する異世界ならば、そういった現象に関する情報もありそうだ」

「夢の中で情報収集するしかないってことっすね」


 夢の自動解説も万能ではない。見ている内容に関連する情報ならすかさず解説してくれるが、全く関係ないような内容だとさっぱり働かないのだ。何か切っ掛けが必要だが……。

 最近カイム君達の夢しか見てないからなぁ……。体調と外見を整えたら街に下りる予定のようだが、あちらもそろそろ進展があるだろうか。


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