第11話 『友人』
「なに?今日めちゃくちゃキメてんじゃん。デート?」
「デートデート」
わざわざ隣の席にやってきて茶化してくる高校時代からの学友、笠原正仁に適当に返しながら、俺はスマホのアプリを弄った。
普段は腕時計以外のアクセサリーなど付けてきた試しがないので、正仁が茶化してくるのも頷ける話なのだが、俺は今忙しい。お前の相手をしている暇はないのだ。
露骨にスルーされた友人はむくれて肩を組んでくると、俺の手元を覗き込んできた。お前な……俺が見られても気にしないの分かっててやってるんだろうが、他のやつには絶対やんなよ、それ。
「それってもしかして株?えー、お前株とかやんの?」
「株じゃなくてFXな」
「ふーん、FX……FXで有り金全部溶かした人の顔」
「ふざけんな」
ネットのネタでイケメン台無しな顔芸を披露してくる正仁のデコを、かなり手加減して指で突っついた。ほんとは思いっきりデコピンでもしてやりたいが、昨夜のチンジャオロースで更に1増えた俺の今の筋力でデコピンなんかしたら、脳震盪くらいは起こしそうだ。下手したら脳みそバーンみたいなことになるかもしれない。いや、流石にそれはないか。……ないよな?
そんな風に正仁とじゃれあっていると、窓際に集まっていたグループの中から見知った顔が手を上げながら駆け寄ってきた。
「おーい、笠原!篠崎!今横田達と話してたんだけど、今日オールでカラオケ行かね?」
「月曜からオールかよ。俺金欠だからパス」
「あー、笠原はそっか……」
「あ、俺も右に同じ」
「え!篠崎もかよ!?」
正仁が金欠なのは毎度のことなので素直に引き下がったが、普段は遊びの誘いには積極的に乗っていく俺にまで断られたのが意外らしい。
「水道壊れて部屋が水没寸前の大惨事になった話する?業者呼んだら今月の生活費消し飛んだ話聞きたい?」
「うわ、なんかごめん……。また余裕ありそうなとき誘うわ」
「おー」
実際は今朝当たった5万で生活費の補填はできたが、色々試したいこともあるのでここは節約しときたい。
気まずげな顔で去っていった友人を見送った正仁が、興味深げにこちらを伺ってきた。
「今のマジ?」
「マジ」
「佑真んとこ賃貸じゃん。設備不良なら不動産屋持ちにできねーの?」
「いや、設備不良じゃなくて蛇口へし折った。腕力で」
「ゴリラじゃん……」
「うっせ、ドラミングすっぞ」
「やめて」
そんな無駄話をしている間に教授が入って来たため、弄っていたスマホを仕舞いホワイトボードに向き直った。
「生協で昼飯見繕ってくるけどお前どうする?」
「あ、俺もいくわ」
知力のステータスが上がったおかげか、昨日までとは段違いに理解力が上がった自分に終始戦きっぱなしであった2限が終わり、昼休み。朝食が遅かったせいで学食でがっつりという腹具合でもなかったため、正仁を誘って生協に繰り出した。おにぎり2つとお茶を買って隣を伺うと、正仁はカップ麺とパンを2つ程選んだようだ。お湯を使うならゼミ室にでも行くか。
所属ゼミの研究室の前室に向かえば他の利用者は居なかったようで、奥の研究室で教授が忙しそうに仕事をしている以外に人影はない。適当な席について早速おにぎりの包装を開ければ、カップ麺3分待ちの正仁も焼きそばパンに齧りついていた。
正仁は食事中は会話しないタイプのため、おにぎりを頬張りながら遠慮なくスマホを出してFXアプリを起ち上げる。今朝大学に着いてすぐにインストールしてみたが、まだろくに説明も読んでいなかったのだ。
FXの始め方からその仕組みまで解説を読んでみたが、口座開設して入金もしなきゃいけないし、今すぐ始めるのは無理だな。多少貯金もあるが、元本保証商品ではないし、場合によってはマイナスが出ることもあるらしいので、これは宝くじが当たったら試してみよう。
為替相場なんてさっぱりなので豪運任せになるが、どうせならハイリスク・ハイリターンの取引も試してみたい。レバレッジというシステムを使うと元手の20倍まで運用できるらしいので、ちょっと気になる。最悪元本全部消し飛ぶ覚悟で、マイナスが出た時に備えて当選金の半分残しとけばいけるか?
まぁ、まだ宝くじも当たってすらいないのだ。捕らぬ狸のなんちゃらはやめて、資金を確保できてから考えよう。
アプリを終了すると、丁度食べ終わったところだった正仁が声をかけてきた。
「コーヒー飲む?」
「いる」
俺が返事をすると、奥から「こっちも頼むー!」とゼミ担の声がしたので、3人分のマグカップを用意する。このゼミ室にはカプセルタイプのコーヒーメーカーが置いてあり、自由に使用することができる。カプセルはここを利用するメンバーが持ち寄ったり、カンパ箱に集まった資金からゼミ担が購入したりしているのだが、たまにここを利用するよその教授が万札突っ込んでくれたりするため、ゼミのメンバーは実質タダで美味いコーヒーが飲めるのだ。
最初の一杯を持って研究室に入ると、スマホを耳に当てた教授が無言で片手を上げる。電話を邪魔しないように俺も声を出さずに頷くと、デスクで山になっている判例集を寄せて空いたスペースにコーヒーを置いた。
そういえば、宝くじって確定申告いるんだっけ?非課税だった気もする。まあ、投資で利益出せたらこっちは確実に税金かかるだろうし、せっかく法学系ゼミに居るんだから今度教授に聞いてみよう。
前室に戻って一服しながら雑談していると、話題は来週に迫った前期テストの話になった。まあ、うちの大学の試験は基本持ち込みありなので、真面目に講義に出てノート取ってれば問題なく単位取れるんだが。俺は赤点取らない程度にほどほどにしか勉強してないが、正仁は奨学金貰ってる関係もあってかなり真面目に勉強している。
元々は真面目なんだよな、正仁は。高校の時なんか黒髪に眼鏡かけてて見た目からして真面目そうだったし、話し方ももっとお堅かった。大学入学を期に髪も明るくしてすっかり様変わりしたけど。
「テスト終わったらもう夏休みかぁ。佑真は休み中バイトあんの?」
「いや、元々短期で入ったバイトだから今月一杯で終わり。来月からは予定入れてない」
「今んとこ結構時給よかったよな?俺も面接受けに行ってみっかな……」
「給料いい代わりに面倒くせーおばさん居るけどな。なに、今年はリゾートバイト行かねーの?」
「んー……、ちょっと、まだ悩んでる……」
家庭環境に難のある正仁は実家から避難するため、長期休暇中は泊まり込みのバイトに行くのが高校時代からの恒例行事だったのだが、今年は決めかねているらしい。
親父さんまた荒れてんのかね。
正仁にはさっさと家出ろと何度も勧めているし、俺の親も何なら家の実家に下宿していいと言っているのだが、本人は母親が心配で家を出れずにいる。実家に居た頃はよく泊まりに来たんだが、今の部屋ワンルームであんま広くないから、変に遠慮してなかなか泊まりに来ないんだよな。
おばさんも両親健在なんだからそっち頼ればいいのに。ま、あの家端から見てると問題なの明らかにおばさんの方だからなぁ……。
「ま、俺の部屋でも実家の方でもいいから、なんかあったらいつでも逃げて来いよ」
「ん、サンキュ」
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