第5話 『ステータスボード』



 常に纏っている翡翠色の光とは違う、目の眩むような白い光を放ちながらゆっくりと下降してくるタブレット。

 何の操作もしていないのに、気付けば最小サイズにしていたはずのそれが、40cmほどの通常サイズに戻っている。

 顔の正面まで降りてきたところで、タブレットは発光を止めて静止した。


「ステータスって、これ……」


 こちらを見ろとばかりに正面に張り付くタブレットを見て、俺は先ほど聞こえてきた謎の声を思い出す。

 タブレットの『マーケットボード』の表示の横に、新たに『ステータスボード』のタブが出現していた。


 


篠崎佑真

種族:人間:レベル1


HP:172/172 → 252/252

MP:171/171 → 251/251


筋力:11→16

体力:10→15 

知力:12→17

精神: 9→14

敏捷:11→16

器用:10→15

運 :14→19


スキル

‐‐‐‐




「はは、完全にゲームの世界じゃん……」


 思わず口から乾いた笑いが漏れる。冗談の一つでも飛ばしたいのに、流れるのは冷や汗ばかりだ。

 初めてマーケットボードが出た時ほどの驚きはない。そのはずなのに……。

 俺はこのステータス画面と、思わず零れ落ちた自分の言葉に、背筋がうそ寒くなるような本能的な恐怖を感じていた。








「はぁ~、昨日は散々だったな……」


 棚卸のために商品の入った段ボールを抱えながら、深いため息を吐く。

 昨夜は出現したステータスボードのことはひとまず置いておいて、気持ちを切り替えるように使った食器を片付けようと台所に立ったのだが、そこで大惨事が起きた。水道の蛇口がへし折れたのだ。

 何が起こったのか分からず呆然としている間に床は水浸しになり、慌てて止水栓を閉めて修理業者を呼んだが、

蛇口水栓全体の交換が必要で、かかった費用は約4万。

 おまけに持っただけで皿に罅が入るわ、ドアノブを壊しそうになるわ、ペンをへし折ってインクが飛び散るわで本当に散々な目に遭った。


「やっぱこれのせいだよな」


 倉庫に人気がないのをいいことに、タブレットを操作してステータスボードを表示させる。

 昨日は疲れ切って、業者が帰ってすぐに寝てしまったため詳細を見ていなかったが、昨日ちらっと見た数値やアナウンスが確かなら、現在表示されているステータスの数値は元の値より5づつ増えているはずだ。

 筋力16。

 元々の値が11だったなら、大体5割ほど増えていることになる。


「うーん、荷運びには便利なんだけど」


 2L入りペットボトルが6本入った段ボール箱を持ち上げてみるが、昨日より明らかに楽々持てる。

 どの程度筋力が上がったのか詳しくは分からないが、今なら100kgのバーベルでも持ち上げられるんじゃないかってくらい好調だ。

 昨日は積み上げた砂糖の箱を10cm持ち上げて台車に乗せるだけでヒーヒー言ってたっていうのに。


「そういや、あれが丁度100kgだったか」


 一日早くこの力が手に入れば、、昨日あれだけ苦労して倉庫と車を何往復も運ぶ必要もなかったのだが。

 まぁ、それは言っても仕方のないことか。

 今はせっせと働いて金を稼がなければ。

 昨日一日で随分と余計な出費が嵩んでしまった。水道の修理代もそうだが、砂糖も最初の100袋分は自腹を切っているのだ。

 タブレットに並ぶ数字が誘惑してくるが、流石にこれ以上この金をタブレット外で使うのはリスクが高すぎる。

 マーケットボードで買った品をこちらで売り払うことも考えたが、昨夜の包丁の例を見るに、あちらの品物は相当品質が低そうだ。貴金属なら価値がつきそうではあるが、宝石類はカットがイマイチそうだし、金銀は間違いなく刻印がない。

 それに俺みたいな若い男が大量の貴金属を換金しに持ち込むと、まず窃盗を疑われるだろうし。足が付くから売れないとはよく聞くフレーズだが、足が付かなすぎて売れないとは何の冗談なのか。


「何か金策考えるか……」





 午前中のバイトを真面目に働いて、昼休憩に外の自販機に買い出しに行くと、オーナーが機嫌よさげに手を振って駆け寄ってきた。


「やぁ、昨日は助かったよ。奥さん一日機嫌がよくてねぇ」


 ニコニコ笑いながら自販機に千円札を投入し、ボタンを指さす。

 どうやら奢ってくれるつもりらしい。

 礼を言って有難く冷たいお茶を選ばせて貰った。

 ドリンクなら店で買った方が安いのだが、常温の物しか売っていないため、昼のお供にはいつもこの自販機でお茶を買っている。

 受け口からお茶を取り出すため屈んでいると、上から「おっ」というオーナーの声が降ってきた。

 良く冷えたペットボトルを手に顔を上げると、オーナーは先ほどより一層機嫌よさげな顔で自販機のルーレットを眺めている。そこには同じ数字が4つ並んでいた。


「いやぁ、この自販機で当たりなんて初めて見たよ」


 そう言いながら缶コーヒーのボタンを押す。どうやら当たり分は奢ってくれないらしい。この夫婦、妻もケチなら夫も大概ドケチなのだ。

 運がいいねぇ、今日はツイてるんじゃない?などと言いながら去っていくオーナーを見送ってから、俺は既に数字の消えたルーレットを見つめた。


「運がいい、か」


 確かに、今日はツイてるかもしれない。





――――――――――――――――――――――――————————————


作中で言及することがなさそうなのでここで書きますが、主人公のステータスでちょっと知力が高めなのは、現在のステータスが異世界基準であるためで、地球人は総じて知力高めに表示されます。逆に地球人の精神は異世界基準で全体的に低め。

実際の主人公の頭の良さはちょっとアホ程度で、精神は頑強です。


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