第47話 アルの夢 〜その1〜

 『誰もが認める主人公になりたい』


 私の八つ当たりで剣の訓練といういじめを受けていたアル。

 竜種の私にだってわかるの。

 美しい容姿がボロボロになって仰向けに倒れこみながら言う台詞ではなかったと思うの。


 剣だけじゃなくて性格も内気で不器用なアルが語る夢の話は嫌いじゃなかったわ。

 いえ、不機嫌な感情のままに振る舞える存在なんてアル以外にいなかったもの。

 

 私もアルも本当に不器用でーー

 私は人間を理解できないと悩んで。


 アルはアルで、強大な敵が現れたら剣で道を拓くこともできないし。

 内気で人づき合いの苦手なアルにはリムノスやエルの複雑化した人種問題を解決する事なんてもできないだろうし。

 そもそも、自分自身に起きている問題。

 突然、からくり兵にされてしまって人間に戻る事だって生身の肉体が異世界に残されている彼には解決できないの。


 竜種ではなくても、才能ある人間ならもっと簡単にできる事でも彼は倍近く時間をかけても、アルには勉強や剣が難しいみたい。

 社交術を身につけようと本で読んだ事を実践しようとしても無表情で無愛想に見えるアルは気味悪がられる事が多いのよね。


 それでも彼は努力するのをやめないの。

 ボロボロに突っ伏しているアルになぜ?と聞いてみた事があるわ。

 

「メグにとってはできない事の方が少ないもんね」


 嫌味かとも思ったけど、実際に私もそう思ってしまっていない事もないわ。 それこそ嫌味かしら?

 私の葛藤をよそにアルが話し続けたの。

 

「この世界に来て、 父さんも居ないのに努力を続ける意味を考えたんだ。 どんな困難にも立ち向かっていくような存在、主人公になりたい」

 

 うつ伏せから起き上がって、私の目を見据えて告げるの。

 

「でも、 それってタッドが僕の隣で実践しちゃうんだよね。 リムノスとエルの問題だってタッドなら解決できるかもしれない。 だったら彼を守る剣になれるかと言ったらメグがいるし、 才能という意味では、タッドやメグの物語には僕は必要ないだろ?」


 苦笑してるかの様に肩をすくめても、全然気落ちしていないのがわかるの。


「僕はタッドとメグが認めてくれるような主人公になりたい。 でもね、きっと僕はーー」


 いつも通りの無表情。

 でも素顔は、ほんの少しだけ照れくさそうにはにかんでいたの。


「夢を叶える事よりも二人に会いたかったんだ。 そのためにこの世界に来たんだと思うから」

 

 心底、安堵した様に言葉を紡ぐ。

 アルはきっと異世界でそのまま暮らす事で、私達に会えなかった世界を想像したんだと思ったの。

 それがアルにとっては何よりも許せないと思ってくれているのは私にとっても嬉しかったの。

 その時のアルの表情が誰よりも人間らしく感じて、私にはとても眩しかったのよ。


 ……ここまではっきり言われてるのにアルの好意に気づかないのって私が竜種なせい?

 いいえ、私は私が思ってるより、ずっとバカなのよ。

 バカでバカで大バカなのよ。

 

 ねぇアル?

 私にとってやっぱり大好きなのはタッドなの。

 ひとりぼっちだった私を救ってくれた特別な人なの。

 でもね、アルの事だって……


「僕はずっとーー」


 ▲▽▲△▲▽▲△


 転移鉱石。

 エーテル鉱にあらかじめ転移の術式を施しておく事で指定した場所へ移動できる消耗品。

 

 「ババアに貰ったが特に使い道もなかったしな」とシモンズが鉱石を使って移動した先で突然広がる山道の光景。

 山の麓には青々とした草原が広がっていて、そこには小さな湖。

 濃い緑の木々が茂り、山を覆う霧が湧き出すように立ちのぼって、山の斜面には小さな滝も流れていたわ。

 その周囲には、色とりどりの花が咲き乱れ、アガルタに住むとされる妖精たちが住むような、幻想的な雰囲気を醸し出していたわ。

 その幻想的な光景に馴染むかのようにポツンと佇む山小屋。 

 周囲の自然環境に合わせたシンプルな外観が外壁は木目が目立ち、木材の色合いは、天然木の色味を活かした自然な茶色系の塗装がされていたわ。

 子供の頃のシモンズが暮らしていたというけど、それほど大きくもなくて大人二人で暮らしていたらギリギリかしら。

 竜種の大きさになった私でも暮らせるリムノス城と比べると、それは質素な建物ね。

 転移できたのは山小屋より少し離れた場所だったのでアルを抱えながら山小屋へ向かうシモンズが会話を振ってきたの。


「ババアは、 ウザくて、 アガルタから、 追い出されたらしいが、 その道のトップだ。 鉱石が、残っててよかったな」


 シモンズがいつもみたく句読点のおかしなしゃべり方で私とタッドに同意を求めてくる。

 リムノス最強の兵士と呼ばれるシモンズは反射神経が早すぎてそんな風にしゃべらないと、とんでもない早口になるとかならないとか。


「……同意を求められても困るの。 竜種の私でもどうにもできない呪しゅだもの……」


 シモンズに抱えられたアルは虚な視線を向けるばかりでいつしか目の焦点も合わなくなってしまった。

 タッドが声をかけても反応しなくなってしまったの。

 

 私も涙や鼻水で自分の顔がグズグズになってる自覚はあるの。

 それに何とか解呪を試みようとするとアルのエーテル鋼が反応して私の魔導がいつもより奪われた感覚から体力もほとんど残っていないの。

 アルは私とタッドに助けを求めてるのに、タッドが一番大事にしてるアルの事を助けてあげられない。

 縋るしか、できないの。


 500年前に人の身でアガルタに辿り着き、持ち帰った知識から魔導や魔術を発展させたとされる魔女ミレヴァ。

 探究心の強かった彼女は様々な禁術に触れてアガルタからも人の世界からも追放されてしまったとか。

 竜種でもない人間が今なお健在で、シモンズとも知り合い?疑問は湧くけどアルの最悪な状況を打開してくれるなら誰でもいいの。

 アルを助けて。


「ババア。 帰ったぞ。 急で悪りぃが、すぐにでもーー」


 山小屋の玄関の戸を開けて、早速とばかりに解呪を依頼しようとしたのかしら。

 中にいた少女を見つけてシモンズが目を丸くしている。

 その光景を見て、憔悴しきっていた私とタッドも目を丸くしたの。

 

 サラリと腰まで伸びた赤毛。

 毛量が多いのに一本一本が細くて手ぐしでも髪をとかしやすそうなそうふわふわの長い髪。

 攻撃色といわれる濃い真紅の瞳の割にタレ目。

 可愛いらしい印象を受ける12.3歳ぐらいの少女が小屋の中で朝食?かしら。

 木製の椅子に腰掛けながら、パンを口いっぱいにほうばっていたの。

 素っ裸で。厳密にはパンイチってやつよね。

 パンをほうばってるってパンが二つて事はパンツー……じゃなくて。


 さっと私は両手でタッドの両目を覆ったの。

 

(しまった! タッドがいる時にドアを開ければ大体着替え中だったりと裸の女の子がいるのが当たり前なの!)


(アルがよくいう主人公スキル〝ラッキースケベ〝ってやつなのよね)


(まさかこんなシリアス展開でも発動すると思わなかったわ)


(どうせアレでしょ!? めちゃくちゃ頭いい設定の幼女の姿をした私達よりずっと長い時を生きてるけど、実は不器用とかズボラでちゃんと服を着るのがボタンいつもつけ間違えちゃったりして難しいとかで一人の時は裸でいる事が多い残念美少女設定なんでしょ!? そうなんでしょ!?)


 胸中で現状を乱雑に分析する私をよそに、中にいる少女が悲鳴を上げると同時にシモンズが戸を締める。

 小屋の中から罵詈雑言の悲鳴があがり、時間をおいて悲鳴が止んだとみるやシモンズが戸を開けなおしたの。


「ババア。 帰ったぞ。 急で悪りぃが、すぐにでも解呪ってやつに、取り掛かってもらいたい」


「おやシモ君。 久しぶりなのに挨拶もなしに解呪の依頼かい? 炎王になっても相変わらず礼節がなってないね」


 二人ともさっきの惨劇はなかった事にするらしいの。

 赤い髪の幼女は急いで着替えたからか、はたまた私が想像した通りのぶきっちょなのか真っ白な修道ローブを羽織ってはいたけど、腰ベルトが留めきれていなくて今にも外れそう。

 なんだか人によっては情欲をあおる気がするけど相手は幼女。

 私はタッドの目から両手を離したの。


「切羽詰まってんだ。 気にかけてるガキが、ジャザリーに呪を、かけられちまった。 助けてやって、欲しい」


「ジャザちゃん?……シモ君、まだ仲直りしてないの? いい加減結婚でもなんでもして少しは安心させてくれないか?」 


「ババア。 年寄りの小言は、たくさんだ。 とにかく、 診てやってくれ」


「はぁ……今じゃシモ君の方がよっぽどおじさんなのに……解呪はそのからくり兵の子かい? それじゃあ早速……」


 アルに手を伸ばすと同時に赤毛の幼女が表情を変えたの。

 彼女の中で大切な何かが響きわたっているようにも見えたの。


「アイ君の匂いだ……シモ君この子ってもしかしてこちら側の世界の住人じゃないね?」


「らしいな。 異世界から、誤って、混入させちまったらしーー」


「なぁ! 頼むよ後にしてくれないか! アルがずっと苦しんでんだ! なんとかできるならすぐになんとかしてくれよ!」

 

 ずっと押し黙っていたタッドの絶叫にも似た懇願が部屋中に響いたの。

 そのままタッドは赤毛幼女を押し倒さんばかりに肩を揺さぶり始めたわ。

 見た目は完全にヤバいけど、必死になる理由を理解できてしまう分、私には止められなかったの。


「わ、 わ、 ちょっ、 ちょっと! はだけちゃうってば! 服着るの苦手なんだから勘弁してくれよ!」


「だから! 今すぐアルを助けてくれってば! そしたら離すからさ!」


「わーーもう! 助けないなんて言ってないだろ! シモ君! この子なんとかしてよ!」


 少女の抵抗も虚しくどんどんと肩やら何やらがはだけ始めてしまっていた時にシモンズが仲裁に入ってくれたわ。


「おい。 見たくねぇモン、見せんな。 ババアは見た目こんなんだが、 高齢なんだ。 労わってやれ、 いや、 見た目通りの方が、この光景は、マズイだろ」


(確かにこの光景は幼女に迫るヤバい奴にしか見えないわよね……)

 

 思考しかけた次の瞬間にシモンズがタッドの頰に拳の裏をぶつけて吹っ飛ばしたの。

 シモンズの物言いに納得せざるを得ない状況だったけど、引き離す手段が荒っぽすぎて私も感情的になりかける。


「おい、 何度も言うが、アルがこんな風に、なったのは、ガキ王子。 お前のせいだろ。 尻拭いはしてやるが、 大人を頼らないから、こうなる」


「頼れなかったのよ! タッドは!」

 

 やっぱり耐えきれない。

 ぱんぱんに腫れ上がったタッドの頬を見たからじゃない。

 これ以上シモンズに言わせたくなかったの。


「エル神国の教会が関与してる内容を表沙汰にして、いたずらに国家間を刺激したくなかったのよ! あなたの言うガキ同士しか頼れなかったのよ! それに……いいえ! それよりも!」


 そう、これ以上はやめて。


「アルが絡んでる内容でタッドをこれ以上苦しめないで!」


 そう、タッドはずっとアルを大事にしてた。

 私みたいに竜種だとか同性だとか異性だとか関係ない。

 タッドはアルが大好きでしょうがないの。

 お互い不器用でも、二人は困難を乗り越えあってた。

 尊敬し合っていて、その上で大好きなの。


「……シモ君。 一旦、この子達の紹介は後でいいよ。 すごく必死みたいだし。 奥のベッドにその子を寝かせてあげて」


 シモンズを睨みつけながら肩で息をする私。

 目を刃物のように細めて、鋭い視線を向ける様は、竜種の姿でなくても視線だけで小さな子供を屈服させてしまうかもしれないの。

 少女もシモンズも私の視線に目線を逸らす事もなく、受け止められて私はますます余裕を無くしそうだったけど。


 その後ベッドの上に寝かされたアルは虚な視線を漂わせて、時折うめき声を上げるのが本当に悲痛。

 鋼鉄の体を持つアルが、全身を刃物で切り刻まれているようで、苦しみや悲しみを吐き出すかのようにか細い声をあげるの。


「この子は今、アガルタの可能性と繋がっちゃってるんだね」


 少女が呟く。


「アガルタは過去、現在、未来が一つの時間として繋がっていたりいなかったり。 未来も過去も一つじゃない。 幾重にも可能性があるのさ。 だけどこの子は自分が一番見たくない未来。 ありえたかもしれない可能性の嫌な未来や過去をずっと見続けてる」


 少女が唇をひきつりながらアルの状態を告げる。


 思いあたるフシはあったの。

 ずっとアルは私とタッドに置いていかないでと懇願していた。

 タッドがどんなに否定してもアルの耳には届いていないようだったの。


「その上、体感時間をズラされてる。 呪をかけられてから実際よりもはるかに長い時間それを体験している事になる。 ジャザちゃん、こんなに容赦のない事をするんだね……このままじゃ、この子は……」


「でもシモンズは助けられるって! 呪のトップだって! あんたがミレヴァなんだろ! 頼むよ! アルを助けてくれよ!」


「わ、わ、もう! なんでいちいち服引っ張るのさ! わかったから! この子を大事に思ってくれてる君と!」


 激情に振り回されて抑えれなくなってしまっているタッドは周囲が見えていないのか、推定ミレヴァの服をはだけさせてしまうの。

 顔を真っ赤にしたミレヴァが動揺しながらも私に問いかけたわ。


「竜種の君! 君もこの子を大事に思ってくれているのかい? 何があってもこの子を助けたいと思ってくれてる?」


「アルは俺の一番の親友だ! 絶対に失いたくないんだよ! 何があっても助けるに決まってんだろ! 早くしてくれ!」


「わーーー! わかってるよ! もう! 君には聞いてないだろ! あー!引っ張るなってば! 竜種の君! どうなの! この子を助けるために君は危険を犯してくれるのかい!?」


 状況は混乱の中にあったの。

 タッドのせいで、どんどんはだけていく少女と、気味の悪いものでも見たかのように目を逸らすシモンズ。

 状況が混乱してるからなのかしら、いいえ、やっぱりわからないことはわからないの。


「私は……アルの事、嫌いなのか好きなのか本当はわからないわ」


 それでも確かに確信している事はあるの。


「アルはたとえ千年でも、私のそばにずっといたいって言ってたの。 私はそれを叶えてやりたいの」


 上から目線かしら?

 いいの。

 こんなに心配させるアルが悪いのよ。


 胸に手を当てて深呼吸してから告げる。


「だから……私に何があってもアルを救えるなら救いたいの!」


 決意を固めたの、強い意志を持って。


「そう」


 相変わらずはだけながら、優しさと穏やかさを込めたような柔らかい笑みを浮かべてミレヴァが返事をしたの。


「君たちにはこの子の夢、悪夢と言っていいかもね。 その中に入ってもらう。 そこでこの子を悪夢から救い出す事ができれば解呪できるよ。 でも気をつけて」


 達観したような表情でアルに視線を移す。

 なんだか初めて会ったはずなのにアルを知りつくしているような。


「誰に似たのか、 この子すっごいネガティブそうだし重っくるしそう……悪夢も尋常じゃなく危険だろうね」


 そうなのよ。

 アルってネガティブで重いのよね。

 ……私に似てるかも。

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