第46話 山賊王子 〜その11〜

「結局どういう騒動だったのかしら。 今回の一件は……?」

 

 すっかり明るくなった空とは裏腹に、自分の中でスッキリとする落とし所が見つけられず、馬上で疑問をそのまま独りごちるカタリナこと私。

 一頭の馬にハクビと二人乗り。

 傷の具合は良くないのにハクビはいつも通り、私を包む様な形で馬を操る。


 リムノス最強と言われる炎王配下リムノスの隊列は、ヴェイン領を荒らしまわった山賊達を捕縛して引き連れて帰還していった。

 窮地から救ってもらったとはいえ、流石にリムノス正規軍と同行するのは気が引けるので私とハクビは別ルートで帰還する事に決めていた。

 デヴィ達は流石に正規軍とは居づらいのか私達と同じルートで帰還している。


 百人規模から構成された山賊達が根城にしていた山はちょっとした山村どころではない、貴族達の館のような豪奢な建築がなされ、そんな建築物で構成された集落が山の中央に配置されているなど異様な光景でしかなかった。


「まぁ、十中八九エル神国の連中が絡んでるだろうな」

 

 私の隣で眼帯で見えなくなってしまっている逆の目を細めてデヴィが私の疑問に返答する。


 「バカな!」と返答しかけた所でハクビが制止するかのように状況整理を始める。


「山賊風情があれだけ領内を自由に動き回り、贅を尽くしたかの様な建造物。 魔導絡繰からくりを扱うエル人の赤毛女……後ろ盾なしには不可能だろうな」


「タッドがどこまで把握してたかはわかんないけど、あの赤毛女が絡んでるのを知ってて行動したんじゃないかな? 大分因縁めいたものもあるらしいし」


「因縁……?」


 会話する中でデヴィが呟いた内容が王子の人物像とズレた感覚があり、私は反復してしまう。


「やられたらやり返すってのが信条なんだろうよ。 タッドだってまだ18歳だからね。 血気盛んなのは悪くないけど、今回の件は、 特にあのからくり野郎の事は流石にタッドにとっても想定外だったと思うよ」


「マーガレットもだけど、 王子もあんなに取り乱して……二人にとってアルってどんな存在なのかしら?」


「さぁ。 ウチにもよくわかんないな。 ウチが出会った頃にはタッドとマーガレットとあのからくり野郎はいつも一緒にいたし。 特にからくり野郎なんか陰気な感じでタッドとは合わなそうなのに気がつくとタッドの方から寄っていくんだよなぁ。 ウチの誘いは散々無視するくせに」


 デヴィが首を捻りながらぶつぶつと言葉を返す。

 風王候補アルは赤毛女から受けたしゅで生死の境をさまよっている。


 からくり兵にとってしゅは最大の弱点だろう。

 適当な方向に放たれても、全身がエーテル鉱で作られた彼等は自らそれを吸い寄せてしまう。

 しゅは強力すぎる特性もあるが専門的な知識を必要とするし、戦闘中に作動させるにもかなりの時間を要する。


 扱いづらい魔術を簡単に扱ってしまうあの赤毛女。

 デヴィには否定しかけたけどあれは、多分……


「あの赤毛女は教会の人間、 だろうな」


 ハクビが私の逡巡に確信を入れる。

 

「魔導王やら四帝やらの数が少ない分、実際には教皇ってのが議会を組んで政治してるんだろ? で、 その教皇が組織してるグループが教会なんだっけ? つまり、リムノス山賊とエル神国が裏では繋がってたって事だろ」


「……」


 事もなげに言うデヴィをよそに、風向きの悪い話にふっつりと押し黙ってしまう私とハクビ。


「まぁ……あれだけの数の山賊が捕まったんだ。 何かしらの情報は出てくんだろ」


 とデヴィは予測していたけど、何日経っても山賊達から情報がでることはなかったわ。


 捕縛されていた山賊達は己の喉を掻きむしる、壁に頭を打ちつけるあるいは各々が殴りつけ合うなどして全員絶命してしまったのだからーー


△▼△▼△▼△▼△▼


「ハクビ」


 深夜のエリス大学鍛錬場。

 刃を潰されて殺傷能力を下げた剣が無造作に並べられ、昼間には怒号飛び交うこの鍛錬場が現在は静かさが周りを占めている。

 周囲の静けさとは対照的に上半身裸で大剣を振り続けているハクビの体は熱気を帯びている。


「ねぇ……筋トレしてる男ってどうして脱ぎたがるの? 暑苦しいんだけど? 服を持ってないの?」


「昼間だったら俺も脱がん。 単純に本当に身体が暑苦しいんだよ。 邪魔するなら出ていってくれないか?」


「ダメよ。 フェイ様に止めるように言われたわ」


 ハクビの身体の至る所には包帯が巻かれていて、所々血がにじんでいる。

 そんな状態なのにハクビは鍛錬をやめない、やめてくれない。


「物事を正常に判断するのがハクビなんじゃないの? そんな状態で鍛錬してたって……強くなれないよ、きっと」


「あの赤毛女は俺を温室育ちと言った。 この程度の怪我で音を上げていては本当にそうなんだろうな」


「死にかけてる怪我でも訓練し続けるのは温室とか雑草とか関係ないと思うわ。 ただのドMよ」


 ピタッとハクビが大剣の素振りを止める。

 そして振り下ろした大剣を見つめながらぼそりと呟いたの。


「お前も……俺が歪んでいるように見えるのか」


「何言ってるのよ。 私は自殺行為のような事を続けるアンタを諌めるためにありのままを伝えてるだけだわ あと……珍しく落ち込んでるみたいだから励まそうと思って」


「励ます……? お前が俺を……?」


 心底驚いたかのように目を丸くさせるハクビに苛立ちを覚えたわ。

 いや、ふっつうーにそんなにおかしくないでしょ。

 幼馴染で一番気がおけない仲なんだから。

 

 そんな私の苛立ちをよそにクスリと破顔するハクビ。

 よし、わかった戦争ね、戦争なのね。

 受けて立つわよ。

 私だって怒ったら怖いんだからね、口きいてやらないんだからね。


「いや、 すまん。 お前に心配されたくなくて無理くり鍛錬をしていたのもあったんだ。 逆に心配をかけてしまっていたのだとしたら本末転倒だな思ってしまってな。 しかも励ます内容だったか……?おい、その戦争勃発みたいな顔はやめてくれ」


 私が戦争発起人みたいな表現はやめて欲しい。

 こらえきれないといった様子のハクビがクツクツと笑いながらこちらに近寄ってくる。

 その笑顔は私がずっと子供の頃から見てきた。

 あどけなくて、無垢な様子。

 いつの頃からかハクビはこんな風に私の前で笑うのを嫌がってるようにも感じられたわ。


「笑ってる方が、可愛いのに」そう私がこぼすとハクビは息を飲むかのように慌てて無愛想な武人みたいな表情に戻る。


「なんでそんなに可愛いって言われるのを嫌がるの? 筋トレしてるから?」


 ハクビの顔を覗きこむようにして私は疑問を投げる。


「筋トレは関係ない。 お前こそ筋トレしてる奴にどういう偏見があるんだよ……俺は……俺はお前にだけは可愛いと思われたくないだけだ。 この先も女性を知る事のない俺は……せめてお前には男らしいと思われたい」


「……」


「俺は純潔水帝の養子でお前は公娼土帝の娘だ。 俺たちが合い入れる事は決してないだろう」


 純潔を守る事と好色を極める事で魔導を高めた歪な家系。

 その私達が好意を認め合ってしまたら、その関係はより歪なものとなる。


「それでも俺は子供の頃にお前を守ると決めた。 それを違える気は今も毛頭ない」


 それでも私は選ぶ事にした。

 ハクビに好意を伝えたいと。


 パニック症の私だ。

 伝えようとしてもトンチンカンな事を言って彼を困惑させることは目に見えている。

 だから、行動で示したの。

 私の中の好色が彼の純潔を汚さない方法で好意を伝えるために。

 私より一回りも背が高くなってしまったハクビの前で目を閉じてつま先を伸ばす。

 意を決したわ。

 より歪な関係になってしまっても私はハクビを選びたい。


 だから彼が受け入れて唇を重ねてくれた事が、心の底から嬉しかったわ。

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