第45話 山賊王子 〜その10〜

『シモンズ……あなたの存在って虚無アカシャそのものね』

 

 ミレヴァのババアとジャザリーに会う前の、ガキの時分は獣そのものだった。

 腹が減ったら奪う。

 取り返そうとしにきた奴をぶん殴って返り討ちにする。

 食って、寝る。 そして、また奪う。

 ただ結局俺はリムノス人で、人間だった。

 それなのにジャザリーはエル人以上に奴らの代表的な剣技、虚無アカシャと俺を称した。


 エル人は肉体的に劣るリムノス人を元々憎悪の対象はおろか、人間だとすら思っちゃいなかったらしい。

 魔導絡繰からくりの台頭によってその立場は逆転されちまったが、最初っから強いだけの俺も同様だと言いたいんだろうな。

 

 弱ければ、奪われる。

 奪われれば、憎む。

 家族もなく、無一文に最強だけ持たされた俺は何も奪われない。

 憎む事もできずに虚無アカシャを生きてくしかない。

 そんな理屈で言ってたんだろう事は容易に想像がつく。

 そんな理屈で生きてるジャザリーには憎しみの感情しかない。

 

 貴族の子として生まれ、弟を、財産を、右腕そして弟を愛していたという尊厳すらも奪われたあいつは憎む。


 世界と自分を。


▲▽▲△▲▽▲△


 ライラにだって仕事はある。

 兵士だけでなく、一応、いや普通に爵位を持った貴族だしな。

 動きづらいから俺に頼むのは、わかる。

 だけどよ。

 そこそこ自由にやらせてもらってるが俺にだって練兵やら、内乱地域への兵士派遣やら、四帝は特に俺の動きを気にするだろうし、まぁ……雑務とか色々ある。


 山賊共を相手にするのに練兵も兼ねてちょっとした部隊も連れてきて相手をさせてるところだ。

 ちょっとした部隊ってのが難しい。

 領内にそれ以上を連れてきたら、ウィル卿のおっかない顔が白目になるほどおっかなくなりそうだから俺はノータッチでいたいんだが。


 基本的に配慮に欠けてるってのが俺なはずなんだが、それでもそれなりに歳は重ねちまってる。

 最初はガキどもを全員ぶん殴ってやろうと思ってた。

 遊びは危険なほど楽しいってのは俺にだって、これもさすがにわかる。

 だからって許容し続けてたらガキはつけあがるし、ましてや相手はあのガキ王子だ。

 当人が遊びでやっていた事でも、エル神国や大陸はおろか、伝説とされるアガルタまで巻き込んだ大戦の火種を作ってもおかしくはない。 

 火遊びこそ楽しいらしいしな。


 苦悶のうめき声をあげているアルを抱き寄せ、魔導で必死に解呪ってやつを試みようとしている竜種のガキ。

 ボロボロと涙をこぼしている竜種のガキの横で呆然と立ち尽くしているガキ王子。

 放心状態で声すら上げないガキ王子を見て苛立ちを覚えた俺はその横っ面をぶん殴る。

 ガキ王子が枯葉の様に吹っ飛ぶ様を見て竜種のガキが更に狼狽極まって錯乱状態にしちまった事には一抹の罪悪感は覚えたが。


「アルも、 竜種のガキも、 もちろん同罪だ」


 だから、全員ぶん殴ってやるつもりだった。

 山賊どもを相手どるだけなら竜種のガキがいれば豪邸を建てるだけのお釣りがきても全然足らないだろう。 余裕だ。

 いつもは全員引っ張ったいた後、ガキ王子が腹いせに俺の魔導絡繰からくりを陰湿に破壊してきたりするから、またぶん殴る。

 一度、戦闘中に俺の魔導絡繰からくりが突然バラバラになった時は死を覚悟した事もある。


 話はそれで終わるはずだった。

 しかし、ジャザリーが絡んでいるとなれば話は別だ。

 ただでさえも強力な魔導を持ち、搦手からめてに長けた呪しゅを使われると場合によっちゃ俺だって落とされる可能性はある。

 竜種のガキは魔導も強くて知能が高いため、種族の違いに悩んでるとライラから聞いた。

 当人は真剣だろうが、俺からすりゃ子供なだけだ。 んなもん俺だって悩む。

 そんなガキはとてもじゃないがジャザリーの相手にはならない。


「お前の事が好きで仕方がない、 こいつらは、 どんなに危険でもついていっちまう、 だろうな」


 ガキ王子だけが悪いわけじゃない。

 見てればわかる、ガキ王子にとってアルと竜種のガキが特別な存在だって事は。

 でも中心はこいつだ。

 ジャザリーが絡んでいるなら、まず俺たち大人を頼るべきだった。

 過信しちまったのか?

 なんでもできるって?

 ガキってそういうもんなんのか?


 俺だって嫌だ。

 こんな放心状態のガキに正論ぶちかまさなきゃならないのは。


「……アル……ごめん……ごめん……ごめん」


 起き上がり、ヨロヨロとアルに近づいてその手を握るガキ王子。

 アルは苦悶の声を上げるばかりだ。


「お願い……タ、ド……見捨て……ないで……いか……ないで」


「何言ってんだよ! お前バカか!? いや、バカだよ! 俺が……俺もメグもお前を見捨てるなんて想像もするな! 苦しいんだろ! 余計な事考えんな!」


 勝手に機械の体にされて、涙も出ないのに泣き続けていたアル。

 それでもガキ王子と竜種のガキに会った後は普通のガキみたいに楽しそうだった。

 

(強力な力を持っちまうと……普通、 ガキは間違えちまうもんなんだろ?……大人だってそうか……悪いなババア……ジャザリーを殺すかも、しれねぇ)


 逡巡して決断する。


「おい竜種のガキ、 風で俺を魔獣の所まで運べ……ジャザリーは俺が、相手をする」


 間違えるガキがいたら、ぶん殴ってでも正してやればいいんだろ?

 ガキに本気でけしかける大人がいたら、守ってやるべきなんだろ?


▲▽▲△▲▽▲△


 その威力の割に、丁寧で几帳面な印象を感じる風の魔導だった。

 耳をつんざく様な豪風で俺は上空まで運ばれる。

 竜種みてぇな魔獣……名前を知らないとは言え、ほぼ我を失っている魔獣と同じ扱いしたらあのガキが可哀想か。

 とにかく、風の魔導で運ばれた俺はジャザリーが操り巨体に翼をもつ魔獣の背にフワリと足を踏む。


「あら? 執着の薄いあなたにしては珍しい。 昔の女に会いにきたの?」


 十数匹、更に数は増えつつある魔獣を我が物顔で操り、口元を歪ませて、笑みを貼り付けてるようにみせているジャザリー。


「いいとこ、 腐れ縁だろ。 ストーカーみてぇにいうな。 わざわざお前の動向なんざ、探ったりしてねぇよ。 偶然だよ、偶然。 だが、 アルは戻してもらうぞ」


「あなたにだったら執着されても構わないわ。 それで……? いいえ……偶然再会した男女がする事なんて一つしかないわよね」


「……話が通じねぇ、 のは分かってたが、 まぁいい。 どうせ俺も、同じような事を考えてた」


 紅潮させた顔面に、扇情的な雰囲気で義手ではない方の手で俺の頬に触れかける。


「ええ……殺しあいね……!」


 チッと着火音を上げて火球が放たれる瞬間、俺はジャザリーの素手の横っぱちをぶっ叩いて火球の方向をずらす。

 と、ほぼ同時に腰に差した2刀魔導絡繰からくりの内1刀を抜いてジャザリーを袈裟懸けに切りつける。

 ジャザリーが義手で俺の剣撃の横をぶっ叩くからズレちまったが。


「うふ。 あなたとこの距離で斬り合うのは命がいくつあっても足りないわ」


「ひとつで十分。 命は残してやるつもりだ。 アルを戻してもらわねぇと、 いけねぇからな」


「呆れた。 殺しあいだと思えたのは私だけ? それとも焦らしてる? あなた今、確実にワタシを殺せたでしょう。」

 

 ジャザリーが話し終わるやいなや、空中を飛び回ってた魔獣の二匹の巨大な口が俺に噛みついてくる。

 あんな巨体だ。 噛みつくではなく、喰われる、か。

 

 後方に宙返りすると、俺が元いた場所で勢いよく空振り、「がこっ」と歯がぶつかりあう音だけがこだまする。


 俺は空中で身をよじって噛みついてきた一匹の魔獣の背に飛び乗る。

 飛び移られた魔獣は俺を振り落とそうと、咆哮を上げながら勢いよく上昇していく。

 複数いた魔獣達も追随するかのように上昇していく。

 好都合だ。


 更に高度を上げた所で俺は魔獣の頭部を2刀の魔導絡繰からくりを交差するように切り付け、首を落とす。

 

 頭部を失った魔獣は推力を失って真っ逆さまに落下、背中にいるだけで空中を駆ける能力のない俺ももちろん真っ逆さまだ。


 地面に落下するだけで死ねる俺の元にありがたいことに巨大な牙で追撃をかけてくる魔獣。


 なんとも当てやすい目印かのように大きく開いた口の中に鋼鉄のボールを俺は投げつける。


 「バチン」と音を立て、全身に電撃の痺れが回ったところで魔獣の背に飛び乗る。

 2刀を背に勢いよく突きさし、そのまんま駆け抜け抜けると悲鳴をあげた魔獣が高度を落とし始めたので、また別の魔獣に飛び乗る。

 結局、繰り返しだ。

 魔獣どもが牙や爪で襲撃してくるのを別の魔獣に飛び乗って躱す。

 躱した先にいる魔獣を斬りつけて、絶命させて、別個体へ飛び乗る。


 十数回繰り返し、空中が静かになった後、俺はジャザリーがいる魔獣の背中に飛び降り戻る。


「久しぶりの再会だ。 二人になりたくてな。 待たせちまったか?」


「いいえ? 丁度いいわ。 女は準備に時間がかかるもの。 忘れちゃった? 常に虚無アカシャのような体感で生きてるあなたからしたら男女の違いなんて微々たるものかしら。 そういえば少し老けたんじゃない?」


(老けたのはお互い様だろ……なんて言ったら、 こいつでも怒るのか?)


 俺が知っているジャザリーの一番古い記憶は、まだこいつが右腕を欠損したばかりで義手なんてついてなくて。

 今みたいな赤毛、赤目でもなくて。


「王子があなたを連れてきた段階で私の負けは確定。 あなたも私を本気で殺す気がないならバカらしいわ。 だからあなたがクエレブレと戦っている間にずっと逃げる準備をしていたの」


 世界と自分への憎しみだけを吐き出していた幼い口元は成長し、男を誘うような扇情的な雰囲気がただよう。

 だが。

 口元を大きく歪ませて、笑顔を貼り付けても結局こいつは憎しみにしか興味を持てなかったらしい。


 ジャザリーの身体が魔法陣に包まれて真紅の瞳や赤毛が燃え上がってしまうかと思う程の光彩を放つ。


 1刀の魔導絡繰からくりを袈裟懸けに勢いよく振り下ろすがジャザリーの義手に阻まれる。


「あなた……変わったわ。 やっぱり少し、老けたんじゃない?」


 ジャザリーの義手ではない左手が俺の頬に触れかける。

 俺はそれを避けれずにいた。

 真紅の瞳に憎悪以外の感情が見えちまった気がしたからだ。


 まともじゃない。

 ジャザリーの火球は強力だし、直撃を受ければ俺の頭蓋は飛び出すだろう。

 

 逡巡が永遠に繰り返された後、ジャザリーの姿は忽然と消えていた。

 準備とは魔導?魔術?どちらかはわからねぇが逃げるための布石を打っていたってことだ。

 そいつが起動して俺に触れる直前にどっかの場所へ瞬時に移動しちまったんだろう。


「お前だって……老けたんじゃねぇのかよ」

 

 火球を放たなかったのか放つ時間がなかったのか。

 考えても無駄な事には逡巡せず、俺は魔獣を痛めつけて高度を降ろし、無事に着陸した。


▲▽▲△▲▽▲△


「悪い、ジャザリーに逃げられた。 おい。 竜種のガキ。 アルにかかっちまった、 呪しゅは解けそうなのか?」


「解けないの……それどころか……何の呪しゅをかけられたのかまるでわからないの……アルがこんなに苦しそうに泣いてるのに……私、わからないの……」


 戦闘を終えて戻ったが、竜種のガキですらジャザリーの呪は複雑で解読できていないらしい。


 アルは小刻みにブルブルと痙攣している。

 確かに苦悶の声をあげて喚いてるが、俺にはいつもの無表情に見える。

 が、仲良しのこいつらには別のもんでも見えるらしい。

 憔悴しきった様子でガキ王子と竜種のガキがアルの手を握っている。

 

「呪しゅで肉体が崩壊しない、 からくり兵だったのが、 不幸中の幸いだったな。 お前らは、 何とかしてミレヴァのババアのとこまで、 励ますなりなんなりして、 アルの精神をもたせてやれ」


「ミレヴァ……? アガルタの住人の?」


「ああ、 追放された、 らしいがな。 ムカつくし、 気持ちわりぃが、 俺の育ての親だ 呪しゅに関しちゃ、 まぁトップらしいぜ」


 ジャザリーに再会した直後は特に会いたくねぇけど。

 それこそ余計な逡巡だ。

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