第44話 山賊王子 〜その9〜

「おおりゃーー! あっちーー!」


 タッドが火炎を帯びた剣を横薙ぎに払うと、空中を闊歩する十数匹のクエレブレの群れへ向け幾層にも重なった炎の斬撃が向かっていき、ことごとく命中……することはなかったの。

 

 金色の鱗、巨大な翼を開放してドラゴンの姿になった私の背に乗るタッド。

 その後ろにエーテル鋼で作られて不快な気持ちにさせてくるアルも不遠慮に乗ってる。

 ホントは、私を不快にさせるとわかってるのにピンチの時は無許可で乗ってくるのが信頼を感じれて嬉しいなんて、アルには絶対言わないけど。


 無駄な宝飾は取り外して、ソロルのお父さんに返しちゃったの。

 だから宝飾剣じゃなくて銘は炎剣ロキ。

 材質にはクリスティアとエーテルを利用して、そして竜種の私が側で制御する事でレーヴァテインにも匹敵する巨大な火炎を操る事ができるの。

 私がやる事は単純、相反する性質を持つ二つの鉱物を魔導で仲介する事で放出する方向を揃えるの。

 逆方向に回る二つの歯車に、もう一つ間に歯車を嚙ますことで力の方向性を同じ向きにするような感じかしら。


 私がタッドに触れて制御していないとニ、三回炎を放てばたちまち燃料切れがごとく、炎の威力が弱まってしまうの。


 相生の儀でタッドがぶっ壊しちゃった宝飾剣にはレーヴァテインと同じ鉱物クリスティアや魔導絡繰からくりと同じくエーテルも使われていたの。

 

 宝飾剣を修理しようにもまたナマクラに鍛えられて、また俺がぶっ壊しちまったら面白くないとタッドは悪びれずに言っていたのを覚えてるわ。

 数多の魔導絡繰からくり製造に携わってきた私にお鉢が回ってきたの。

 メグ頼む! って。 しゅきぃ。


 数多の魔導絡繰からくりに携わってきたのでわかるの。

 元々の宝飾剣は武器としては最悪。

 

 クリスティアには巨大な火の魔導が詰め込まれているのにエーテルがそれを吸いこんじゃうの。

 お互いの鉱物の性質をただただ貪りあって竜種の鉤爪には程遠い、人間の拳サイズで威力の低い炎を出すのが関の山だったらしいわ。

 おまけにエーテルも使ってるからエル人や竜種の私は触ってると嫌な気持ちになるし。

 だから私はもう開き直ってタッドへのプレゼントのような気持ちで作り直すことに決めたの。

 

 炎剣レーヴァテインって竜種ギュスターヴが魔導王ソロモンのために作ったのよね。

 伝説では喧嘩別れしたみたいだけど……ギュスターヴはソロモンが大好きだったんじゃないかしら。

 魔導王の血筋でなければレーヴァテインを操る事ができない。

 というより、本当は他の誰にも使わせるつもりもなくて、ソロモン専用に鍛え上げた結果なんでしょうね

 莫大な魔導力を持った者だけが業火を自在に操り、恐らくだけどしゅによってギュスターヴが愛したソロモンだけが扱えるように調整されているの。

 

 愛情深いようでソロモン以外の人間に嫉妬心むき出しなのかしら。

 それとも私と同じで最初はソロモンが心配で強い武器を持って欲しかっただけ?

 途中で気づいたのかしら?……強力な力を持たせる事でソロモンを孤立させて……しまえることに。

 その時代だって竜種は人間と比べて圧倒的に数が少なくて、人間はいっぱいいて……

 

 ……アル……ごめんね。

 私なんかのどこが好きなの?

 ほんとに最初はタッド専用の強い武器を作り出すためだったの。

 だってタッドってすぐに色んな人に狙われるんだもん。

 身を守る手段を持って欲しかったのよ。


 私……必要とされたくてズルしてる


「あちちちち! あっちー!」


「タッド! メグ!」


 夕日やら朝日やらと見紛うような巨大な炎を頭上に浮かべ、剣先からは幾重にも炎の斬撃を放っても盛大にスルーを続けていたの。


 私自身、未だクエレブレの群れに対して感情を整理できなくて攻勢に転じられない。


 炎の合間を避けて一匹のクエレブレが私とタッドめがけて大きな鉤爪を振おうとした瞬間ーー


 キンっ!

 

 と高音立ててアルの納刀音が鳴り響く。

 アルは決して許さないの。

 タッドと……私に危害を加える存在を。

 

 タッドを誘拐しようするジャザリーも、ガルの妹だからってシェリがタッドに危害を加えようとすれば容赦なく居合いを放つし、私がデヴィに胸を揉まれた時、素顔は真っ赤になって怒って切りつけようとまでするし。

 ……そして私達が絶対絶命の時にアルの大太刀から放たれる風の居合は、決して外さない。 それ以外は全然当たらないのに。

 接近を許してしまったクエレブレは一刀のもとに切り伏せられて悲鳴とも苦悶ともとれる声をあげながら滑落していったの。


「メグ!」


 私の逡巡を見逃してはくれず、タッドが叫ぶ。


「メグが寂しいなら俺はそばにいてやる!」


 相変わらず頓珍漢だけど、私が言って欲しい言葉なの。


「ジャザリーに操られた魔獣の末路は見てきたろ!? 悩んでもいい、飛び続けてくれ! 今クエレブレを解放してやれるのは俺たちだけだ!」


「……ジャザリーの目的はタッドだと思ってたけど、 ちょっと違うよ。 あいつは憎いだけだ。 自分自身も、 世界も。 世界を混沌に陥れるためにタッドが必要なんだ。 そんな事……僕は絶対に許さない。 メグだってそうだろ?」


 タッドとアルが私に声をかける。

 思い悩みながらも私が二人のために飛び続けると信じてくれる。


 だから。


「タッド……ァ……だいしゅきぃ」


「ははっ! たまにはアルにも言ってやれよ!」


 いつも通り思いを打ち明けたの。

 少しだけほんのちょーっとだけニュアンス変更ていうか一人追加したっていうか。 あれ? アルの素顔真っ赤じゃない? え? ええ? 聞こえてた? あんなちっちゃい声聞こえるってどんだけこいつ私の事好きなのよ!?

 

 ……それでも思い悩むことをやめられない私は一心不乱に竜種の姿で飛び回ったの。

 その間もタッドは炎剣ロキで巨大な炎を作り出してクエレブレの退路を塞いでいったの。


 炎で退路を塞いで先でアルが風の居合でかまいたちを飛ばして……も当たらないの。

 基本的に二人の攻撃って当たらないのよね……

 それでもクエレブレは着実に数を減らしている。

 炎の斬撃、風の居合を潜り抜けて私達へ接近を許したクエレブレをアルが切り伏せてくれるから。


「どうかしら? 私のおもてなしは楽しんでくれてる? 突然の来訪の割にはよく対応できていたと思うのだけれど」


 クエレブレの群れの背を飛び回って炎を避けていたジャザリーがタッドに突然評価を求めたの。

 相変わらず口元だけを歪ませて感情の読み取れない表情。

 なぜこのタイミングで声をかけてきたのかも不気味で仕方がないの。


「やいやい! こちとら大国の王子だぜ! おもてなしの作法にはうるさいんだよ! お前のおもてなしには相手を思いやるって気持ちがゼロ! だから0点だよ!」 


「あら? ショックだわ。 ワタシ程あなた達を理解してる他人も珍しいのに。 一番相手にするのが面倒な、 化け物の頂点のマーガレットちゃんがどうすれば苦しんで戦う気力が削がれてくれるのか……そして……」


 ジャザリーの義手でない方の手のひらから血が滴り落ちている。

 そのすぐ宙には魔法陣、12星座のシンボル……しまっ……


「次に面倒な、からくり坊やの沈めかたなんかもね……全身がエーテルなんてただの欠陥兵器じゃない」


「アル! 逃げて!」


 必死で叫ぶ、けど間に合わなかったの。


 ジャザリーの手から放たれた魔法陣は推定私達の方向へ向かってきたの。

 ざっくりとした方向に向けて放てばそれで十分。

 高速で接近する魔法陣。

 避けようとしても魔法陣はアルの方へと吸い込まれていきーー


「ぎゃあああああああ!」


 アルの絶叫が周囲に鳴り響いたの。


「はい。 ダメ押しにもう二つ」


 片目をつむりながら艶っぽく、魔法陣と大鎌の魔導絡繰からくりから氷柱を同時に放つジャザリー。


 近づいてくる魔法陣を避けようと空中で身を捩りながら翼を立てて飛んでる方向を変えようとしたの。


「く! う!」


 ジャザリーが放った氷柱が翼に当たって上手く方向を変えられない。

 そして私の背に近づいてくる魔法陣を見たタッドがアルを突き飛ばし、魔法陣をその身に受けようと両手を広げていたの。

 それでもアルの体が虹色に輝き出して魔法陣はアルへと吸い込まれていく。


 ボトっ。


 しゅを二つもその身に宿してしまったアルは体勢を保てず私の背から落ちてしまう。


 落ちる瞬間だったの。


「くる……し……タ……ド……メグ……たす……けて」


 涙や鼻水を垂れ流して、整った素顔が見る影もなくなるほど苦悶の表情を浮かべて滑落してしまうアル。


 私は必死に空中でアルを追いかけたの。

 だって、だってこのまま落ちたらきっとアルの機械の身体はバラバラなっちゃう。


 竜種の身体のままじゃ上手くアルを受け止められないから人間の姿になってアルを空中で抱きしめて地面にぶつかったの。


 おしり、肩、腕、色んな所余す事なく痛みが走ったけど竜種の頑強さのおかげでアルの身体はバラバラになっていないの。


 タッドは炎剣ロキの炎を噴射して、地面にぶつかる衝撃を緩和してなんなく着地、いつも危ないからやめてなんて言ってごめんね。


 不快な気持ちに耐えながらアルの身体を魔導で探る。

 どうしよう。

 どうしよう。

 アル、一体何のしゅをかけられたの?

 ガルの時みたいになんとか少しでも解呪しないと。

 

「タ……ド……メ……グ……とう……さん」


 虚な視線で苦悶の声を上げるアルを目の前にして冷静でなんかいられないの。

 ボロボロ涙も止まらないの。

 不快だからじゃないの

 だってこんなに苦しそうなアル初めて見たの。

 タッドも何か叫んでる。

 どうしよう、どうしよう。

 ジャザリーは今もなおクエレブレと共にタッドを狙ってくるだろうから迎撃しなきゃいけないのはわかってるの。

 でも、こんなに辛そうなアルを一人になんてできないの。


 ありったけの逡巡、その時だったの。


「おい、 ガキども、 ライラがマジ切れで、 手がつけらんねぇよ。 大人をあんま心配させんな」


 竜種よりは全然小さい、それでも人間の中では背の高い、黒髪黒目の兵士。


「しかも相手はジャザリーかよ……結局、いつも俺なんだよな」


 2刀の魔導絡繰からくりを帯刀してクエレブレに乗って空中を駆るジャザリーを見上げる兵士。

 リムノス最強の炎王シモンズだったの。

 

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