第41話 間話 〜そろそろ様子のおかしいアルの気持ち〜

 開発されていない荒れた野原に配置された害虫ども。




 ……101かな?


 100っていう数字がキリよくてなんとなく感情が揺れた気がしたもんな。




 まぁ、1から数えなおしたって数える時間は大量にあるんだから数えなおしたって特に問題はないよな。


 自分の身体を動かすのも、相手が動くのも……世界?が動くのがすっトロいもんだから他にする事がない。




 体感時間が他人とズレてしまってから随分と長い時間が流れたと思う。


 アガルタの守り人、ギュスターヴにかけられた呪しゅのおかげ?というには苦痛が強すぎる。


 苦痛の代償。


 体感時間がズレてるから僕はエル人の攻撃に簡単に反応して、潰す事ができる。


 潰そうとしてからずっと、ずっとずっとずっと潰そうとしないと僕の身体は動かない。


 いや、実際には少しずつ動いている。


 この少しずつしか動けないのが物凄く、苦痛だ。


 一言しゃべろうとするだけでも精神を摩耗して消費しきるから、なるべくしゃべらないようにしてる。


 言葉なんか忘れちゃうかもしれない。


 それだけ、長い時間が経った。


 でも、メグに約束した千年には体感時間でも、程遠い。


 だから、絶対に僕は僕である事を保つんだ。




 彼女が恐れた狂い竜のような存在に、僕がなるわけにはいかない。


 


 狂うもんか。


 僕は正常だ。


 正常に、怒ってる。




 ……この呪しゅがなければ凡才の僕には到底1万人もくそエル人を潰す事はできない。




 僕は恐らく人が1秒と数える時間が何十秒に感じてる。




 恐らく、としか言えないよ。


 だってもう実際の1秒の体感時間なんかとっくに忘れてしまったんだから。




 呪しゅをかけられて実際の世界は何年経ったんだろう。


 メグが待ってるのに。


 体感だと長すぎてもう覚えてられないんだよ。




 どんなに、


 どんなに?


 どんなに。


 




 そう。


 まだくそエル人を潰している時は気が楽だよ。


 目的に近づいていられる気がするしね。


 


 でも、当たり前だけど僕の人生は戦ってない時の方が長いんだ。


 タッドの兄さんに風王に認定されるのはいいよ。


 そのおかげで激戦区に配属されるしね。


 ライラさんが呪しゅを解呪かいじゅしようと専門家を雇ってきたりとか、やめてくれよ、マジでどうでもいい。


 伝説の竜種であるギュスターヴがかけたんだ。


 この呪しゅは解けるもんじゃないんだよ。


 ……アンタの優しさに救われた時期もあったけどさ。


 僕の一番はアンタじゃないんだよ。




 シモンズさんは僕がおかしくなってないか常に監視してくるし。




 あの人は才能のネジがぶっとんでる。


 虚無アカシャを使ったフェイの反応を超えてるんだから。


 体感時間の遅くなった僕が速さ?スピード?なんだっけ?


 とりあえずそういう感情を覚えられるのは、あの人がエル人に剣撃を放つ時くらいか。


 おそらくだけど、今の僕でも勝てない。


 予測しづらい位置に剣撃を置いておかれて、反応しても身体が避けたい方向に動けない場合だってある。




 絶対に死ぬわけには死ぬわけには死ぬわけにはいかない。




 結局、陰キャの僕はあの人にビクついて、膨大に長い戦闘なしの時間を過ごすさなきゃならない。


 反芻はんすうするんだ。


 憧れて、諦めかけて、それでも憧れたあの人の剣撃、癖、戦い方を。


 父さんみたいに才能に満ち溢れて、父さんのように容赦のないあの人はいずれ……


 いずれ……必ずあの人は、僕を殺しにくるだろうから。




 どんなになっても僕は諦めない。


 こっちは急がなきゃ、早く、早く、速く、はやく?


 とにかく全てがすっトロいから、はやいって感覚が理解できなくなりそう。




 はやく?


 ああ、そうか早くしないと。




 102、103かな?


 104って事はないと思う。


 鉄塊で二匹同時に潰せた。




 他に楽しい事もないし、また1から数えなおそうかな。


 


 グチャっと頭蓋を潰せると楽なんだけどな。


 大体のくそエル人は反射が良いから鉄塊をぶつけても、ギリギリのところで致命傷を避けたりしやがる。


 手足ちぎれたくらいじゃ生き残る可能性もあるから入念に潰してやるよ。


 


 一回、二回躱したからって許すと思うか?


 絶対許さないし、許すわけないだろ。


 お前らだけは許さない。


 お前らは人間じゃない。


 1万匹湧いて出てくる害虫だよ。……もっと数はいるんだろうけど。


 


 内蔵が腹の傷から、はみ出てんじゃん。


 それでも助かったりする場合は、あるよな。




 入念に入念に入念に入念につぶしてやるよ。


 入念に入念に入念に入念に入念に。




 104かな?


 戦闘が終わったら数え直そう。


 今一から数えなおして、舐めプしてこんな害虫に修理しづらい破損を受けるわけにはいかないしね。




 しかし、どいつもこいつも。そいつも、あいつも。あれも、それも……これも、あれも。




 膨大な時間を持て余すと、暇なもんで言葉をこねくり回したりしちゃうんだよな。




 ちっ。


 なんだよ、僕にそんな表情見せるなよ。




 恐いのかよ。


 僕の体感はずれてるから、死を意識した表情、肉を潰す感覚、とにかくゆっくりゆっくりゆっくり、すっトロい、その表情を見る、その感覚をずっと感じてなきゃならない。




 気色が悪いんだよ。


 人並みに恐怖を感じるな、人並みに人並みに人並みに、人の形をするなよ。




 105。




『行かせない!……行っては……ダメですの……!』




 ちっちっちっ。


 つぶしたエル人気色の悪さから関連して、最も憎み、軽蔑したあいつの言葉が思い出される。




『タッドお兄様はエル神国もリムノス王国も乱した大罪人で、 それに付き従うメグお姉様も正真正銘の化け物だわ!……お願い行かないで! どうしてアルお兄様が……!』






 は?




 は?




 ふざけやがって!


 お前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいで!


 ○ねよ、いや、結局僕に潰されるのがあいつにとっては救いかよ。




 身勝手な愛を免罪符に、非道で残酷な事を何でもやってしまえる。


 僕にはあいつこそが化け物に見えた。




 だけど?だから?だからこそ?




 ……違う!あいつと僕は!違う!


 


 僕に潰されたエル人には僕が化け物に見えているだろう。


 そりゃそうだよ。


 だけど、だから、だからこそ。




 タッドとメグへの自己中な愛を免罪符にエル人を潰し続ける僕と、最も憎み、軽蔑したあいつと僕が……


 いや、あいつの事を思い出すのは……もうやめる。


 なにせ、時間はたっぷりあるんだ。


 元々千年は生きるつもりだったんだ。


 こんな程度で音ねをあげていたら、メグの不安に全然寄り添えていない。


 


 忘れてやるよ。


 ひひっ。


 最も憎むなんて感情、あいつにはもったいない。


 僕の一番はあいつじゃないんだから。




 想像すると、陰キャらしい陰鬱とした下卑た笑いが込み上げてくる。


 実際に顔の表情を笑わせるには長い時間がかかるからやらないけど。


 妄想して楽しむのは実に陰キャの僕らしい。




 忘れてやるよ。




 その時に無表情に無感情に無意識的に潰してやる。


 それがあいつにとっては一番の苦痛だろ。


 わかるさ……何せあいつと僕は……




 ……ちくしょう……




 ……107?106? どっちだっけ?106か。




『タッドは普通だったのね……彼を特別視して主人公扱いして……私達が追い詰めたの……タッドはアルに嫌われるのが一番怖かっただけなのよ……それでも』




 僕の僕僕の僕の一番一番一番、大事な。


 玲瓏で、音楽を奏でてる様な、心地よい声。


 何度も何度も何度も何度も何度も、もう一度聞きたいと願った人から発せられた残酷な言葉。


 


 自分勝手で無邪気で、たまらなく魅力的な僕の一番大事な主人公。


 大事な物のためだったら、簡単に全てを投げ打つ事のできる本当の強者にしか備わっていない精神性。




 だから、甘えちゃったんだ。


 僕の言葉で、タッドが傷つくなんて思いもしなかった。


 タッドが僕をどれだけ大事だったかなんて、当たり前にわかっていたのに。




 僕のせいだ。


 タッドの最後が……あんなに悲しそうな顔だったのは……




 どうして、あんな事言っちゃったんだろう。


 謝りたいよ。


 仲直り、したいよ。


 


『チョロチョロ俺の後ろをついて回りやがって! ヒナドリのすり込みかよ! 俺はお前らに呪いを与えたつもりはねぇんだよ!』




 違うよ。


 違うよ、タッド。




 呪いなんかじゃない。


 そう……信じたい。




 僕は自己中な理由でエル人を……殺す。


 誰にも、君やメグにだって理解されなくてもいい。




 だって……それでも……僕はずっと、ずっと。


 ずっとずっとずっとずっと。


 僕の魂がアガルタの輪廻から外れても。




 僕はずっと、タッドとメグを、愛してる。




 107。

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