第42話 山賊王子 〜その7〜

 「さつ……じんき……?」


 


 パニック症でなくてもそんな自己紹介されれば普通頭は真っ白よね。


 バカみたいにその紹介された内容を繰り返してしまう私。


 ひらがなで答えて、聞き間違えである事を祈り彼女の様子を伺う……あ、ダメだこりゃ。 こんな大鎌持ってる人は絶対殺人鬼って言ってる。


 しかもこの殺人鬼の後ろに大勢控えてるのは山賊集団じゃない?




 自らを殺人鬼と名乗る赤毛の女には異常性しか感じない。


 何というか、彼女から正常な部分が見当たらないのよ。




 パッと見るは扇情的で、男受けの良さそうなエロい美人。


 でも、何から何まで正常に見えない。


 右腕の肩口から先が見事に欠損していて、からくり兵のような義手を取り付けて大鎌を携えている、のはシンプルに怖い。




 エル人にとって稀有である燃え上がるような長い赤毛はもちろん。


 口元が大きく歪んでいるからパッと見、笑ってるように見えるけど大きく見開かれた赤目から、感情が溢れ出ている。


 奥様が私や父を見る時と同じ。




『軽蔑』そして『憎悪』




 奥様に軽蔑されるのも、ましてや憎悪を向けられることだって私にはどうしようもないし、正直関係ないじゃない!と言い返したいが初対面の、この赤毛女に同様の視線を向けられるのはもっと心外な気分よ。


 強気な気分で視線を返してやろうとおも、ごめんなさいやっぱり怖いーー!


 絶対ヤバい人よ!


 何でエル人とリムノスの山賊が一緒にいるの?


 ハクビ助けて!


 




「そう、 ワタシ自身は殺す気がないのに、 命乞いされるとなーんか結局殺したくなるのよね……ところで」




 赤毛女は大鎌の刃先を私の方に向けて声をかけてくる。


 日常会話の様なテンションで殺人を口にするこの女の異常性に身が固まりそうになる。




「リムノスの一団とエル人であるあなたがなんで一緒なのかしら? エーテル鋼が盗まれようとあなた達からは無関係な問題ではなくて?」




 おしっこチビりそう……


 赤毛女がしているのは、この大陸に住まう者であれば誰もが思う疑問を口にしただけだ。


 つまりただの会話よ。


 というかその疑問私もそっくりそのまま返したいんだけど。


 


 なのに彼女から放たれる異常性が、プレッシャーとも言うべき圧が、私の副交感神経を狂わせそうになり、返答すらままならない。


 羞恥心が辛うじて残っていなければジョージョー垂れ流してしまう所で……




「まぁ……どうせあの王子の差金かしら? あのガキ狙われてる自覚あるのかしら? ここに辿り着くって事はアタシがここにいる事は確信を得てるのでしょうし。 ガキに執着されるのって、 しつこくて本当に面倒……」




 私は返答していない。


 できなかった。


 猛獣のテリトリーに不用意に侵入してしまった小鹿、それ以下かも。


 今にもオシッコ垂れ流しそうだし、いや、もう漏れてる。


 下卑た笑みを浮かべる山賊集団が怖かったからじゃない。


 わかってしまったから。




 話しながら彼女が判断したことーー




「ごめんなさい。 命乞いは不要ね。 ワタシ少しイラついてるの」




 剣の訓練は受けていたのよ。


 それでも彼女に予備動作があったかは判断できない。


 ゆるっと義手を動かして大鎌で薙ぐ。 私の首筋を。




 確実に人体を絶命たらしめる薙ぎを挨拶で手を振るかのよう、日常動作のように行われたのだから。




 頸動脈の裂かれる音が聞こえるか否やの所だったけど、実際には鋼鉄のぶつかりあった高音が鳴り響いたわ。




 キンッ!


 


 鎌首ってなんだっけ?


 鎌の様な形の首?


 赤毛の美女に大鎌で首を裂かれそうになってる所を、ハクビの大剣で受け止める状況の事は言わないわよね。




「カタリナちゃん!」




 思考停止しかけて意味不明な思考をして絶命しかけた刹那の瞬間救ってくれたのはハクビだったのよ。




 持ち前の膂力で大鎌を弾き返すと同時に赤毛女へ大剣を横薙ぎに走らせるーーが、ゆるりと後方に身を引いて大剣を躱す赤毛女。




 身を引くと同時に、手のひら大の火球が二発、義手ではない生身の手から放たれる。




 火球が私とハクビにぶつかるか否やの所で場面が急速に切り替わる。




 お姫様抱っこ状態に私を抱えているハクビ。


 赤毛女の大鎌もハクビの大剣も届かない間合いに場面がすっ飛んだ感覚。




「カタリナ……あいつ一体何者だ? エル人がなぜ我々の命を狙い、 リムノスの山賊と共にいるんだ?」




「ぁ……あの、 私、 ハクビが来てくれるって信じてた……最近冷たいけど……ハクビは私が本当にピンチだと助けてくれるって……」




「……可愛っ……じゃない! エル人同士の戦闘など御法度だが正当防衛だ。 お前を襲う奴は俺が斬り伏せる!」




 ガクガクと身体を芯から震わせている、パニック状態の私はとにかく思った事を口にする。


 だってあの赤毛女、私を殺すことに何の感情も示さなかったのが心の底から怖かったのよ。


 いつもは冷静に努めようとしているハクビだけど、フェイ様と、ついでに私に害をなす者には容赦がなくなる。




 そして、赤毛女が放った言葉でハクビは更に激昂したのよ。




「その大剣の紋章からして、温室育ちの平凡な虚無アカシャ……あなた純潔水帝の養子じゃないかしら? それなら可愛いらしいお嬢さんは公娼土帝の……通りで精液くさいはずだわ」




 キィン!




 鋼鉄のぶつかりあう高音が耳をつんざいたわ。


 虚無アカシャを使用したハクビが放つ高速剣撃を容易く大鎌で受ける赤毛女。


 ハクビが私をいつ抱き下ろしたのか、あまつ剣撃を放ったのか私には知覚すらできていない。




「あら? お姫様扱いはやめたの? 汚れた女を抱きしめ続けられなかったのかしら? 初心うぶな事ね」




「黙れ!」




「黙らないわ。 あなた達の関係って歪いびつでいじめたくなっちゃうもの。 汚され続ける彼女の隣であなたはずっと初心うぶなまま。 なんなら後ろの無頼漢達の相手でもさせてあげる?」




「っ……貴様!」




 鬼の形相を浮かべ、大剣で場面がすっ飛んだ様に連撃を放つハクビ。


 対する赤毛女は口元を大きく歪ませて笑みを浮かべたような奇妙な表情。




 二人の攻防は速過ぎてとても泥弾丸で援護する隙が無かったわ。


 ハクビの虚無アカシャはひいき目があるかもしれないけど温室育ちなんて微塵も感じない一級品だと思うわ。


 でも山賊達は各々見せ物でも見てるかの様に笑みを浮かべて赤毛女の助けに入る様子はない。




 私は私で助け舟をだせない。


 魔素を指先に込めてはいたけどカタカタと震えてて、二人の動きが止まっててもハクビに当ててしまう可能性が高いくらい


指先の焦点があわないから。


 


 ゆるゆると大鎌を振るって剣撃を弾きながら、まるでリムノス人かのように大鎌の魔導絡繰からくりを起動させ、連撃の毛ほどの合間に氷柱を放ってくる。


 ハクビが大剣の刀身を凍らせて氷柱を破壊したとほぼ同時だったわ。


 赤毛女は義手ではない生身の腕を伸ばし、ハクビの胸元に手を当てる。




 刹那、爆竹が破裂したような衝撃音が走ったの。


 


「かっ……!」




 ハクビが膝をついて苦悶の表情を浮かべている。


 


「あら? 即、死なない程度には虚無アカシャが間に合ったようね。 うふふっ」




 大きく歪んだ口を開き、隠す様子もなく軽蔑と憎悪入り混じった視線で見下す赤毛女。


 膝をつき、呼吸もままならない様なハクビの顔を義手で掴み、持ち上げる。


 余裕たっぷりに大鎌の柄を地面に突き刺して、武器は手放し状態。




「だったら苦痛が長引くように殺してあげるわ。 ゆっくり頭蓋を潰す時の苦悶の声って本当に醜くて愛し甲斐があるもの」




「ぎ、ぐうぇえっ……!」


 


 人間大の大鎌を自在に操る万力の義手で顔面を締め上げられ、ハクビが泡を吐いている。




「ハクビ!?」




(嫌だ嫌だ! 私はアンタがいないと……!)




 指先に圧縮した魔素は十分に集めている。


 カタカタと震えている指先の焦点をなんとか赤毛女に合わせ、泥弾丸を一斉に三発撃ち放つ。




 弾丸は赤毛女にもハクビにも当たらない、かすりもしなかったーーだけど不幸中のラッキー。


 弾丸の一発が地面に突き刺された大鎌にブチ当たって、赤毛女の後方に吹っ飛ぶ。


 


「あら……」




「うわあぁーーん!」




「面倒ね……」




 吹っ飛ぶ大鎌魔導絡繰からくりに気を取られた赤毛女に赤毛女にむかって走ったわ。


 得意魔導の泥で短剣作りながら。


 奇声なのか泣き声なのか、とにかく珍妙な発声を上げながら。




 せっかく視線を外してるのに、叫んでこっちに注意を向けたら全く意味ないの分かってる。


 でも、そうでもしないと恐怖に怯える身体が動かなかったのよ。


 赤毛女は間違いなく私達二人を圧倒できる強者だし、異常性も常軌を逸している。


 愉悦と快楽のみで私達二人の命を蹂躙できる圧倒的な強者。


 卵の殻を割るかの様に、私の大事な存在の頭蓋を割られたら。




 わかってる。


 私が死ぬより、ハクビがいなくなる事の方がずっと怖いって事がくらい!


 短剣を作り出した割に、体当たりでもなんでもしてガムシャラにハクビを奪いかえさせてもらうーー




 決心を尻目にハクビは私の元に返って来た。


 赤毛女は子供同士がキャッチボールするかのように筋肉質なハクビの恵体を投げつけてきたからだ。


 


 衝撃で「ぐええ」て異音が口からはみ出るし、重くて二人とも倒れこんでしまったけど、期せずして大事な幼馴染が私の腕にいる。


 絶対に投げ返すもんか。


 


「ハクビ! ハクビ! 大丈夫なの!? ぐええって言ってたわよ!? 脳とか出ちゃってない!?」




「出ちゃってない……それに『ぐええっ』と言っていたのはお前だカタリナ……もっとも似た様なものだったか……あの赤毛一体何者だ……俺の虚無アカシャがまるで通用しないとは……」




 私に覆い被さりながら、頭を左右に振りながら自身の状態と、現在の状況を確認しようとするハクビ。


 重いけど、ハクビがまたあの赤毛女に向かっていってしまいそうな不安から、抱きしめる腕を緩める事ができない。


 


「うふふっ。 公娼土帝の娘は噂通りの淫乱ね。 初心な男をそうやって自分の体を使って手玉に取るのは楽しいでしょう?」




「黙れと言っているだろ!」




「いじめると楽しいから黙らないとも言ったわ。 水の素養を持ちやすい者が純潔、 土の素養を持ちやすい者が好色なんて馬鹿げた発想から四帝が2人も排出されるなんてね。 あなた達四帝の子からしたら悲劇でしょうけど、 他人からしたら喜劇以外の何物でもないわ。 決して結ばれる事はないのに、 好きなんでしょう? その子が。 大事なんでしょう? 彼が」




 私とハクビの問題に、赤毛女がつらつらと無遠慮に侵入してきて語る。


 いつのまにか拾っていた大鎌をくるりと回し、「そうだ」と妙案を思いついたとばかりに回る舌が止まらない。




「可愛らしいお嬢さんは後ろの無頼漢達の相手をしてちょうだい。 あぁ良かった。 ワタシはこれから王子の相手をしなきゃならないからこれ以上おもてなしが出来なくて不甲斐なく思ってたの……さて」




 赤毛女が「クエレブレ!」と叫ぶと上空から轟音を上げて迫り来る竜種と比較される巨大存在。


 湿地帯で風王候補アルが切り裂かなければパーティーが全滅していた可能性すらある魔獣が赤毛女には絶対的に服従するかの様に頭を垂れている。


 赤毛女はクエレブレの背に飛び乗ると。


 


「初心な彼はお嬢さんを守れるかしら? それとも汚される彼女を見ていつも煩悶としていたのかしら? だったらそのまま楽しんでくれて構わないわ」




「貴様……!どこまで俺たちを……!」




 艶っぽくじゃあねと言い残し、クエレブレを背に王子達が宿営している方角へ飛び去った赤毛女。




 結局、なぜエル人がリムノス山賊と行動を共にしているかは分からない。


 残った問題はこの場に下品で下卑で、下衆の笑みを浮かべた山賊集団が私達に迫ってきているというか事だ。




 えまーじぇんしー。


 私は……私自身は好色でありたいわけではないのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る