第40話 山賊王子 〜その6〜

 みんなは今頃、酒宴でも開いてるのかしら。


 隠れる気なんてそれほどないんでしょうね。


 


 デヴィは人間なのに強くて、人間だから……隠れる必要がないのよ。




 きっとタッドは酔っ払って艶やかになったデヴィに羽交い締めにでもされてるかしら。


 デヴィは筋肉質な割に細い腰、それに似つかわしくない、神が与えた極端に出っぱった二つの山々を携えているの。


 タッドをデヴィから救出すると決まって今度は私が羽交締めにされてしまうわ。


 その時にあの巨大な山々に包まれてしまうとずっとこのままでいたいと願ってしまう、そうすると今度は決まってアルが引き剥がしてくるの。


 でも、今日はいつもみたいに騒ぐ気にはなれない。


 


 私だけ、なれないのよ。


 


 野営場所から離れた小さな湖の前で座り込んでいるの。


 湖のエメラルドグリーンに月光が差し込んでいると幻想的な光景に見える。


 


 綺麗な物や風景は好き。


 人間と竜種の私が同じように感じられているみたいだから。


 人間に近しい姿をしていたって結局私は竜種。


 


 デヴィはクエレブレと竜種に違いを感じていなかったけど、その通りなの。


 クエレブレが感じた恐怖の方がずっと理解できてしまうの。


 突然、自分の生息地に現れた人間達に追い立てられて、反撃も虚しく……討伐されたあの巨大魔獣の気持ちが。




 クエレブレは怖かったのよ。


 デヴィ達が、人間が。


 だから、その全身を使って抵抗したの。


 大きな体躯で抵抗すれば、当たり前だけど小さな人間にとっては脅威なの。


 


 もしアルが斬り伏せてくれなかったら、私は無事かもしれないけどタッドは大怪我どころではすまなかったかもしれないの。


 風撃だろうと、雷撃だろうと放つ余裕がなかったわけではないわ


 でも、動かなかったの。


 人間達に、突然追い立てられた恐怖が、それを理解してしまう自分が人間とは違う生き物なんだと実感できてしまうから。


 


 考えたの。


 いつも考えてるの。


 いつも、ずっと。


 


 違う生き物でもタッドと一緒にいたいから。


 なんで彼が私を大事にしてくれるかが、本当はよくわからないから。


 彼は竜種の私から見ても変わり者なの。




 やる事なす事、派手で大雑把で適当で。


 でも、でも、みんな結局は彼の事が好きになって彼に振り回される事を楽しんでるように見えるの。


 だから、彼がそうするみたいにいつも自信満々な振りをして人間と関わるようにしているの。


 フェイと対等でいるように振る舞うのも、ソロルにお姉さんぶるのも、ガルの世話を焼くのもそう。




 タッドの真似事。




 人間がよくわからないの。




 強い人、弱い人。




 ……料理の上手い人、下手な人、ピアノが弾ける人、弾けない人、ダンスの上手い人、下手な人、学問の得意な人、そうでない人、魔導の強い人、弱い人……全然わからない。


 


 どうして、みんなそんなにできない事があるのかしら?


 見た事の全てを記憶して、経験や知識と照らし合わせていけば初めてする事だってほとんど時間を費やす事なく出来てしまうもの。


 今では自分は何ができないのかを探す方が難しくなってしまっているわ。


 


 人間と仲良くなりたくて、人間の文化を学べば学ぶ程にどんどんわからなくなっていって、結局は私が人間とは違う竜種なんだと自覚するだけなの。




 私はこんなにも人間に憧れて大好きなのに、竜種は人間にとって恐怖の象徴。


 


 人里に現れるのは大体『狂い竜』ばかりらしいし。




 だからといって、竜種が何でもできるのかと思えばそういうわけでもないの。


 フェイの魔導、シモンズには武芸で到底及ばないもの。


 中途半端な才能だけ寄せ集められたことで、人間の事も理解しづらい中途半端な存在。


 


 ……結局、人間の女の子でもない私は恋でも魔導でもフェイのライバルにすらなりえていないのよね。


 大好きな彼は、こんなことばかり考える卑屈な私となんでいつも一緒にいてくれるかしら。


 私が近くにいても嫌がってる感じはしないの。




 わからないから、私なりに彼にいつも全力でぶつかるの。


 料理を作ってるようにするの。


 タッドは食べるものも王族のくせに適当だから気を抜くと、何にも食べなかったり、かと思うと色んな人に誘われるから、いきなり食べすぎちゃって急にちょっと太ったりするの。




 ダイエットだと言ってランニングに出かけると数日帰ってこない事があるの。


 タッドは面白い事を見つけると危険な所でもフラフラ行っちゃうけど重荷になりたくないから、制止しないの。


 なるべく側にいて彼を守れるようにするの。




 なのに、なのに私がどれだけ大事に思っても……タッドは。 


 フラフラとどこかへ行っても、ご飯を一緒に食べれなくても、馬に一緒に乗る時だって。


 最後は絶対にアルと一緒にいたがるんだもん。


 


 ……だからアルが嫌い。


 ソロルには理屈をこねて伝えたけど、ただの嫉妬。


 羨ましい。


 ずるい。


 私だって、人間なら。


 それが駄目ならせめて男の子に生まれたかった。


 男の子同士だったらフェイとの恋だって本気で応援できただろうし、誰が一番とか気にする……かもしれないけど。




 クエレブレを倒したアルはデヴィ達からの賞賛を受けていた。


 私達以上に大事な物がないアルが必死に抵抗しただけなのは多分、タッドと私しか気づいていない。 


 


 人間の事も、タッドの事もよくわからないのに、一番嫌いなアルの考えてる事はなぜかわかる時が多いの。


 ……だから。


 


「いつまで……声もかけないのよ」




「……」




「……ストーカー」




 ふうっとため息をつきながら、いつもみたく生意気に言えたと思うの。


 アルに心配されるのは嫌なの。


 天地がひっくり返るほどの大地震が起きても無理くりにでも私の魔導で止めてみせると豪語したい程。 ……さすがに無理かしら。




 別に隠れている様子もなかったアルは木陰から身を出すと、湖の前に両膝を抱え込みながら座り込んでいる私の側に寄ってくる。


 近寄っても声もかけてこないアルがうっとおしくて睨みつけてみる。


 


「……何?」




「……タッドのとこに戻ろう、 メグ」




「何でアルに言われて戻らなきゃいけないのよ」




 反発したい気持ちもあるし、今はタッドの近くにいる人間達の側にいたくないの。


 わかってよ。




「……だって、僕らは……」




「……何?」


 


「……」




「……」




「……怒らないでね」




「……アルにはいつも怒ってるから、 自信がないわ」




 曖昧にされるのは好きでないので、アルの返答を待ったの。




(はっきりしない奴、すぐ言い淀むし、自信は無さそうだし)




(頭もあんまり良くないし、剣だって居合いしかできないし……風王候補っていうのもタッドがアルと一緒にいたいからってでっち上げただけだし、 ピアノやダンスだってずっと練習してもちっとも上手くならないし)




(しゃべるのだって苦手で、タッドとソロルと……私以外とはまともに話してるのも見ないし……それでも)




(毎晩、毎晩……頑張ってるのにね)




 アルと私の関係性はよくわからないの。


 嫌悪感あるように振る舞うのはアルへの嫉妬でわざと出してる。


 だから必死に何かを言おうとしている事まで遮ろうとは思わないの。


 それでも言われたのは決して嬉しい内容じゃなかったけど。




「僕ら三人はいつも一緒じゃないか」


 


「……なにそれ……」




 アルが言った台詞は、よく周囲にそう言われるの。


 それはそうよね、だって大学にいる時だって、モルの家に居候してるのだって、ソロルにダンスを教えた時だって、ガルをモクシュンギクの草原に連れて行った時だって、エーテル採掘のために人魚の洞窟に行った時だって、アルを人間に戻す方法を探りに各地のアガルタの遺跡を巡る時だって、竜種を探しに竜谷へ行った時だって。




 私達は三人一緒に行動するのよ。


 いつも、一緒にいるのよ。




 でも、でも……




「いつもって……いつまでよ……!」




 周囲には言われてたけど、アルから言われたのは初めてで。


 言わないでいてくれてるんだと思ってた。


 


 だって、私だけ竜種で、私だけ……




 感情的になってる事を抑えきれずに、立ち上がってアルの方へ向き直ったの。




「私だけ取り残されるのよ……! タッドもアルもいない時間の方がずっと長くて……二人がいてくれて嬉しいのに! すっごく嬉しいのに! だからいなくなる事を考えると苦しいのよ!」




(……また、やっちゃった。


 きっと私がこうやって激昂するのがわかってたから、アルは言いづらかったのかしら。でも、何で? アル? 言わないでいてくれたんじゃないの? 慰めに来たなら下手すぎない? 今日はアルの考えてる事がわからないの)


 


「何でアルがそれを言うの! 言わないでよ! 無神経!無表情!顔しかいいとこない癖に!」




(あ! ごめん!? やっちゃった……アルが一番傷つく言葉なのに。)




 お父さんとの確執は鋼鉄の身体を持ってるアルの一番柔らかい部分に突き刺さってる。


 だからお父さんと似ている容姿がコンプレックスだし、自慢でもあるという複雑な感情が渦巻いているの。 


 彼の本当の容姿は私にしか見えないみたいだけど。




「ううう……何で……なんで、 なのよ」


 


 竜種なのか犬なのかわからない唸り声まであげちゃった。


 アルの顔が見ていられなくなって顔を伏せながらすすり泣いてしまったの。


 ボロボロと涙が止まらないの。


 アルが言われたくない事を言ってしまった自己嫌悪や、人と違うのに人の側にいたがる矛盾の様な感情がないまぜになってしまったから。


 それに……本当に怖いの。




「……人間の近くに居すぎてしまった私はきっと狂い竜になる……だから、 今のこの生活は泡沫うたかたの夢のようなもの……長くないのよ」




 欠陥種族よね。


 竜は狂うの。


 特に人間と接した竜は。


 長い寿命なのに知能が高すぎて、『忘れる』という事が殆どできない竜種。


 遠い過去として過ぎ去っていった思い出の中に居る人間達が泡沫うたかたどころか、揺るがなく鮮明なまま。


 愛した存在を決して忘れないの。




 そして遠く過ぎ去った、思い出の中に居る人間達と現実の区別がつかなくなって狂うの。


 狂って人間を食べるの。


 少しでも人間の側にいたいから。


 はた迷惑な種族よね。


 ……本当に、生まれる種族を選べるなら遠慮したいわ。




 それでも、誰かに側にいて欲しいのよ。


 私自身遠慮したい種族だけど、私の事、大事にしてほしいの。






 心の底から願って、打ちひしがれそうになったその時、冷たいのにどろりとした物に触れられたような不快感、もとい、アルの鋼鉄の指が私の頬の涙を拭ったの。


 正直、気持ち悪い。


 アルの事は嫌いだけども、不快感の理由はそれだけじゃないの。


 全身をエーテル鋼で作られたアルに触れられると魔素を吸われて気分が悪くなるの。


 でも、でも。




「……アルだって望んでその身体になったわけじゃないものね」


 


 その不快感が、無性に嬉しくて、でも、なんだかそれは悟られたくなくて。


 激昂を続ける気分ではなくなったの。




 私の頬の涙を拭う、無骨で不器用な鋼鉄の指。




(気持ち悪いし……冷たい、 けど……優しいよね……そんなに私達が大切?……だからタッドは)




 私の頬に触れるアルの手をそっと手で触れてみたの。


 やっぱり気持ち悪い。


 それでも、タッドの前だと言えない事も、アルの前だと言えてしまう事もあるの。




「私、 せめて男の子に生まれたかったな。 フェイには魔導でも勝てなくて、女としては種族すら違う欠陥品だもの……どんなに願っても、望んでも……私はタッドとつがいになることは……できないもの」




「それでも……! メグは……!女の子としても魅力的だよ……!」




 勢い余ったのか、頬にあった手を下ろしながら、珍しく語気を強めてアルが私の話を遮る。


 なによ……アルのくせに。




「竜種の才能に驕らないで自分を研鑽して、 いつだってタッドの役に立とうと必死で……! 欠陥品なわけない! それに……それ、 に……メグより可愛い女の子を僕は……見たこと、 ない」




(え? え? なに急に? 早口に言い始めたと思ったら口籠もって気持ち悪いんだけど……でも、 でも……え?)


 


「もしかして……アルは私の事が好きなの?」




 体温が上がって、顔が真っ赤に染め上がってる自覚はあるの。


 夜で良かったわ。


 多分バレてないわよね。 よね?




 考えた事もなかったの。


 だってアルが一番大好きなのはタッドで。


 私はおまけで。




 一緒に居てくれるのは、嬉しいけど決して負けたくない相手。


 ある意味フェイより恋敵のような存在だもの。


 だって、タッドも。


 多分アルが一番大好きだから。


 


 そのアルが。




「僕は……」




 からくり兵の姿はいつもの無表情のまま。


 でも、竜種の目を通すと。


 からくり兵と重なっているアルの素顔は、彼の心の持ちようを有り有りと示している。


 アルの素顔からは火でも吹くんじゃないかってぐらい真っ赤に染まってる。


 整った眉尻や口元がくしゃくしゃになってる。


 いつもの無表情はどうしたの?


 アルが、そんな表情するの、初めてみたわ。


 なんで……そんなに必死で真剣なの?


 え? これ私が見えてるって事は私の顔も赤かったらバレバレって事?


 めっちゃやだ。


 アルにだけは。 バレたくない。


 


 くしゃくしゃになった口元をなんとか元の綺麗な造形に整えて一呼吸置いた後に、アルが呟くように声を吐き出したの。




「僕の寿命が千年あるなら、僕はずっとメグの側にいたいと思ってる……その方法も……探したい」




「……なにそれ……」




(なにそれ。 なにそれ。 なにそれ。 なにそれ!なにそれ!なにそれ!なにそれ!なにそれ!なにそれ!なにそれ!……それって!)




(竜種の愛し方と一緒! 一緒なのよ!)




(何それ! 千年も寿命ないくせに! いくら機械だからって数十年もしたら、さすがに朽ち果てちゃうじゃないの。 それでも千年って……重い!重すぎるのよ!)




(でも、でもバレたくない! 普段煙たがってるアルにだけは……!)




(その台詞……私にはドンピシャストライクよいちょ丸なのよーーーー!)




「メグが泣いていたら、 涙を拭う役は僕でありたい。 ずっと君の側にいたいんだ……君を狂い竜なんかにさせたりしない」




(ぎえーーーーーー! 合格! 竜種こころ検定超級合格なのよーーー! タッド! 助けて! 一番カッコいいのはタッドなの! 間違いないの! でも今日のアルは何かカッコいいのよーーーー!ずっとって!? ずっとって事!?)




「そ、 そしたら私はずっとアルの手の気持ち悪さに耐えなきゃならないじゃない……アリかしら?」




 何とかいつもみたいに生意気をひり出してみるけど、ひり出しきれていないの。


 尊さに身悶えて、鼻穴を全開に開きながら、必死に無表情を貫ぬこうと決めていた時だったの。


 爆発音が聞こえて森に炎が広がって見えたのは。


 そしてアルと顔を見合わせながら。




「「タッド!」」




 二人で大事な人の名前を叫んだの。

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