第39話 山賊王子 〜その5〜

 ヴェイン伯とも商売で接点のある王子が一緒にいるためか、詰所での山賊引き渡しに問題は特になかったわ。


 


 クエレブレ目の前で騒動を起こし、逃亡を図った山賊達もデヴィ達のグループに難なく捕縛されていたし。




 引き渡しを終え、バンドット山の麓が見え始めた付近の林道で王子一行と私とハクビが野営をしている。




 捕縛した者から根拠地と普段使用しないルートを今度こそ入念に聞き出しているため、今度こそ安全だと信じたいわね。


 


 尋問の役割を負っていたハクビは、クエレブレの一件を気に病みそうで少し心配だったけどそんな様子も見せないので安堵したわ。


 


 平静を保ったまま、何人もの山賊達に尋問。


 虚偽発言に一行が振り回されないように、齟齬そごや粗があれば注意深く確認し直す。


 公平無私を体現するハクビはこういう時本当に頼もしい。


 彼の筋トレ道具を壊してしまった時に誤魔化そうとしても、冷静に尋問された時はパニックになって思わず逃亡してしまったが。


 


 バンドット山の標高はさほど高くない、せいぜい600Mと言ったところかしら。


 舗装された山道を辿れば、登り始めて30.40分程で山賊が根城としている神殿へ向かえるだろう。


 


 王子達がさっさと山賊の拠点に向かってしまわないのは、長い睫毛を伏せてすっかり影を落とした様子のマーガレットのためだろうか。




 クエレブレを討伐してからのマーガレットは満足に乗馬すらできなくなってしまっていたので、彼女を前に乗せて私が手綱を操った。


 


 珍しく真剣な様子の王子に頼まれたけど、それは余り関係ない。


 彼女の様子が普通でなかったからだ。


 乗馬に不慣れな王子とからくり兵アルではマーガレットを馬に乗せられない。




 ハクビに任せていたけど、乗馬の教育は受けている。 対外的には愛想のいい奥方様のおかげと言うには気分悪いけど。




 乗馬中もずっと不思議だった。


 マーガレットが時折がたがたと肩を震わせている様子があまりにも悲痛に感じられたので手綱越しに彼女を抱き寄せる。


 ビクッと肩を痙攣でもさせたかと思うほど驚いた様子をみせて、今度は恐る恐る私を宝石の様な碧眼で伺ってきていたわ。




 声はかけなかった。


 パニック症の私がキテレツ頓珍漢な事を言ってマーガレットを傷つけたくなかったから。


 彼女も聞いてほしくないのか、何も喋らなかった。


 だから可憐さから想像通り、か細い肩を抱き寄せるだけにしたわ。


 何も聞かない事に安心してくれたのか、少しだけ体重を私に傾けてくるマーガレット。


 簡単に全体重を預けないところが実にいじらしい。


 純真無垢で汚れない乙女を容姿で体現したようなマーガレットを汚れた私が気休め程度にでも安堵させられた事に緊張が緩む。


 


 マーガレットについて思案すると不可思議さが際立つ。


 エル人の弱点とも言える魔導絡繰からくりを所持した山賊十数人を相手取っても意に介さない程の剣技。


 フェイ様に並び立つと称され、雷光すら操る莫大な魔導力。


 希少な魔導を一目見たいと周囲から懇願され、彼女が降らせた雷光の威力は凄まじく、落ちた広場にはエリス大学学舎一棟分より大きな大穴ができていた。




 えっへんと両手を腰に当てて胸を反らす可愛らしい仕草。


 あの方を至高と慕う身として、並びたてる才媛才女の彼女を勝手に敵対視していた私には天真爛漫に見えるその仕草に違和感を感じていたわ。


 


 彼女は確かに傑物で学問も剣技も魔導も何でもできる。


 だけど、無邪気な少女の様に振る舞えるのは王子とアルの前でだけ。


 一見すると凛とした威風堂々の中に可愛いらしさのある少女にも見える。


 しかしその実、他人の顔色を伺って嫌われない様に必死な少女。


 あの方に匹敵する才を持っているのに、卑屈に見えたマーガレットに苛立ちを覚えた事で敵対視するのが強まった事を覚えてる。


 


(クエレブレなんて巨大魔獣は勿論私も恐ろしかったわ。 魔獣がいたら怯えもするし、人から嫌われる事が耐えられない、マーガレットも年相応で……ただの女の子なのかしら)


 


 だとしたら誰彼構わず敵対視し、その矛先を彼女にも向けてしまった事を素直に恥じる。


 彼女が傑女なのは努力を惜しまない姿勢あればこそ。


 何でもできるとはいえ、大学に居残って取り憑かれた様に自己鍛錬に励む姿は異質だし異常にも見える。




 エリス大学では、そんなマーガレットに私が突然絡んで困惑させてしまう事も多々あったし。


 ……基本的に誰の事も困惑させてしまうのが、処世できていない私の処世術なのだが。それでも。


 


 『キュートでラブリー』




 嫌われたくない彼女が、その整った容姿の上っ面だけで言っただけなのかもしれない。


 それでも、いつも困惑させていた私をそんな風に見てくれていたのだとしたら直線的な感情しか持ち合わせていない私は嬉しかったし……恥知らずにも仲良くしてみたくなったわ。


 


 チョロイン扱いは当然ね。


 たったそれだけで彼女を励ましてみたいと思ってしまうのだから。


 私は女の子扱いされてみたかった。


 身体も精神も育ってもいない小さい時から大人の女性がする行為を強要されていたから。




 ……マーガレットに気を取られていたせいかしら。


 ハクビが一切小言を私に向けてこない事に気づかなかったわ。








 林道から外れた木々に身を潜ませながら、集団での野営中、私はマーガレットの姿を探す。


 木々の間からうっすらと月光が差し込んでいるけど、視界はそれほど開けていない。


 少し距離が離れた所であれば我々の姿を確認するのは容易でないだろう。




 潜んでいる素振りも見せず、デヴィは赤い顔で仲間達と飲み交わしている。


 クエレブレすら恐れない彼女達にとっては山賊に見つかる事なんて些末な事なのかもしれない。


 かかっと豪傑の様に笑いながらも、更にはだけてしまった巨大な胸元は汗ばんでいて非常に艶っぽい。 というよりエロい。


 その豊満な胸に抱き寄せられ、呼吸も満足にできそうにない王子は青ざめているけど嫌いなので気にしない事にした。


 マーガレットの様子がおかしいのに側にいてあげない無神経さも腹立たしい。




 集団の中にマーガレットの姿が確認できないのでそれとなく周囲を探ってみる。


 舗装されていない木々の合間を少し歩くと、木が逆さまに生えているのかと錯覚する程の反射、月光でエメラルドグリーンに輝く湖があった。


 一分程歩けば簡単に一周できてしまう公園くらいの広さの湖の前に人影が二つ。


 月光差すエメラルドグリーン、幻想的な光景に見劣りしない、むしろ霞んでしまう物語さながらの美しい容姿。


 マーガレットと風王候補アルが湖の前で佇んでいる。


 探してはいたけど、意図しない人物も見つけてしまうと同時に話し声が聞こえる。




「アルは私の事が好きなの?」




 ズザーっとヘッドスライディングをかますかのように木陰に身を隠す。


 意図せず、尊そうな話題だったからだ。




(え……えっ? なにこれ……何これ!? アルってそうなの!? だってマーガレットは間違いなく王子の事を……え!? だとしたら三人がいつも一緒に居るには……複雑すぎない!? ハクビ! ハクビ! 大変よ! えまーじぇんしーよ! 助けてハクビ!)




 MAX全開に広がった鼻穴からでる呼吸は鼻息が荒いどこらではない。


 あまりの緊急事態に思わず一番気のおけない幼馴染へ胸中でSOSを叫ぶ。




「……」




「……」




「……」




「……」




「僕は……」




「……」




「……」




「……」




(返答しないんかい!)


 


 二人の臨場感にとらわれてしまい、勝手にマーガレット目線に立つと返答しないアルに苛立ちを覚える。


 それなりに恋愛小説を、いや、古今東西、百合物、男同士だろうとめちゃくちゃ読み漁る私に死角はない。


 アルの態度にわずらわしさを覚えながらも、状況を知りたくて更に耳を傾ける。


 というか返答をちゃんと待つマーガレットがいじらしい。 可愛い。 こんなの絶対アルは好きでしょう!? 好きなんでしょ!? そうなのよね!? 落ち込んでる理由はわからないけど、早く好きだと言ええええ! 抱きしめてあげて! あ!からくり兵には無理か!




「僕……みょう……ねん……なら……ずっと……メグ……いたい……」




(声ちっさ! でも、普通に告白したようにはみえないわね)




 充血した目を血張らせ、百戦錬磨の野次馬ですら裸足で逃げ出すくらいの出歯亀の耳をもってしても、アルの声はか細すぎる。


 釣られたのか、マーガレットも何か言葉を返してるようだけどよく聞こえない。


 


 ただ、アルの返答を聞いたマーガレットは。


 すごく……嬉しそうだった。


 


 誰もが触れてみたいと願うであろう、赤く薄い唇が綻びそうになるのを必死に堪えているように、いや、そうとしか見えない。


 それでも感情のまま表情を作るのを我慢している。


 マーガレットはアルが返答した内容が嬉しい事を絶対に悟られたくないんだと思った。


 


 決して気が多い女の子ではないし、王子の事を一途に想っているのは誰だって分かる。


 いや、もしかしてあの朴念仁王子は気づいていないのかしら。


 ……とにかく、あれだけ魅力的なのに王子にベタ惚れの姿を見て「見込みなし!」と彼女に告白する男子は皆無らしい。


 そんな彼女がひた隠しにしたい感情に不躾にも無関係の私が見えてしまった。


 


(私……いくらなんでも最低ね……ごめんなさい)


 


 スパコーンと陳情書でハクビに殴られた時の事を思い出す。


 当人のアルにだって悟られたくないように見えるのに、三人の関係をまったく知らないならまだしも、身勝手に敵対視していた私がこの場には絶対に居てほしくないと思うだろう。


 


 今更ながら我が身の行動を図々しくも恥じてしまう。


 二人に気づかれないように、物音を立てないようにゆっくりとその場から離れる。




 励まそうとして実際にやっていたのはただの興味本位で野次馬になっただけ。




(敵対視してたのはマーガレットだって気づいてたはずだろうし、 急に仲良くなろうとしたって迷惑よね……しかも、 何でいつも一緒にいる王子とアルを差し置いて励ませると思っちゃったのかしら……彼女が何に苦しんでいたかも知らないのに)




 恥ずかしくて、情けなくて野営場所に戻る気も起きず、アテもなく舗装されていない林道を歩く。


 その時だ。


 


「あら、 可愛らしいお嬢さん。 こんな夜更けに一人で出歩くのは危険じゃないかしら。 みんなと一緒に居ればいいのに」




 燃え上がる様な赤い髪に赤い瞳。


 胸元の開いた赤いゴシックドレスの裾は短くガーターベルトがエロい。


 からくり兵のような義手で大きな鎌を携え、明らかに常軌を逸した空気を纏った女。




「だから、 殺人鬼に出くわしてしまうのよ」


 


 目鼻立ちのきりっとした美しい顔なのに、口元を大きく歪ませ、笑っているのか、怒っているのか奇妙な表情を浮かべた女が立っていた。

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