第38話 山賊王子 〜その4〜

現在行動を共にしているリムノス第三王子の事は嫌いだから、一旦語らない。


 マーガレットという少女について触れたい。


 


 そこそこの大人数で街道を闊歩しているのには一応理由がある。


 バンドッド山に巣食う山賊達から狙われやすくするためだ。


 正規兵ではないそこそこの人数、そこそこの物資運搬、となれば山賊達からすれば森の魔獣トレントに寄ってくる魔素のような物に見えるだろう。




 何度か武装した十数人の一団からなる山賊達の集団に襲われた。




 捕縛してバンドット山への安全なルートを聞き出すためだ。




 デヴィ達グループの盗賊集団が魔導絡繰からくりを、ハクビは虚無アカシャで応戦する。


 が、ほとんどマーガレット一人いれば捕縛や撃退は容易そうに見えた。


 可憐な貴族お嬢様に見える容姿とは裏腹に、マーガレットは武芸にも秀でていた。




 山賊達が炎や氷柱を魔導絡繰からくりから撃ち放っても反対属性の魔導で中和、またはピンクに白色のチェックが入ったスカートをひらひらと翻し、時計の針のように正確に間を刻んだ歩法で魔道をかわしながら相手との距離を詰めていく。


 


 接近してからの動きもとにかく華麗だ。


 マーガレットは尺の短い三日月刀を所持している、風王候補のアルが持つ大太刀とは対称的な。


 剣やら槍などの魔導絡繰からくりで切り掛かってこられても納刀された三日月刀の鞘で受け止める――と、同時に抜刀して抜き身ではない刀身を急所に叩きつけて相手を行動不能に追い込む。


 


 叩きつけたような打撃音が聞こえたかに思えると、キィン、と鋼鉄同士がぶつかりあった高音の納刀音が鳴り響くと、次の相手にスカートを翻しながら接近する。




 鞘での受け、抜刀、三日月刀の峰で叩きつける、そして納刀、ひらひらと舞うスカート。


 場面がすっ飛んだ感覚が無いので、虚無アカシャを使っているようには見えない。


 マーガレットは流麗な舞のような武芸で山賊達を昏倒させる。




 極めつけには帯電した、細くてしなやかな指先で相手の頭部に掴みかかり、パチン!と放電――受けた側は膝から崩れかかって意識を手放している。




 9割方マーガレットの活躍で山賊達の撃退、捕縛には成功していた。


 


 エリス大学、いや、大陸において魔導や剣技の頂点は間違いなくフェイ様だ。


 レーヴァテインにも匹敵する炎を操る莫大な魔導力。


 その莫大な魔導力で扱う、あの方の虚無アカシャは次元が違う。


 演習では四帝の父が虚無アカシャで先に切りかかっても、袈裟懸けに木剣で斬りつけられたのは父だという。


 


 通常、並び立つと称されるだけでも畏れ多いフェイ様と大学内では双璧の様に称される傑物マーガレット。


 


 扱える者の少ない雷撃魔導、虚無アカシャを使わずに山賊を圧倒する舞のような剣技。


 魔導にも魔導絡繰からくりも理解の深い彼女は独自に魔導絡繰からくりの性能を向上させる製造方法を確立して不労所得すらある。


 なぜ、それほどの傑物をエル神国は人質としてリムノスに差し出しているのか全く理解不能だ。




 王子の事は語りたくないがよくわからない。


 マーガレットにあれだけ溺愛されているのだから、山賊集団などエル人生徒会の我々がいなくても、山賊を全く歯牙にもかけないように思えてならない。


 目立った活躍はせずとも、風王候補のアルだっている。




「山賊なんていたら困んのはリムノスもエルも関係ないじゃん。 メグだって完璧じゃないんだ。 みんなで仲良く撃退できたら、 それでいいだろ? 」




 とは、王子の談。


 


 ハクビが文句を言いつつも私に付き合っているのは、突拍子もない事態に裸一貫で突撃する私が心配なのが一つ。


 もう一つは領内に蔓延る山賊を倒す栄誉を賜る事で、いずれの士官先に顔を利かせるためだろう。


 ハクビほど自己鍛錬を重ねていれば山賊ごときに遅れを取らない自負もあるだろうし。




 大学が一緒でもエル人とリムノス人の区画は分けられていて、利害関係があるとはいえ、こうやって行動を共にする事はレア中のレア。 大学内で流行っているカードゲームでいえばSSRという事態だろう。




 順調に行くかに思えた旅路だったが、えまーじぇんしーもあった。




 捕縛した山賊達を伴いながらの我々はかなりの大所帯になっていた。


 ヴェイン伯が統治している警備隊の詰所まで赴き、山賊達を一度引き渡してからバンドット山を目指す運びとなった。


 


 幼い頃から兵士として教育を受けてきたハクビは尋問の基本を捉えている。


 


 自己の意見は言わず、相手の立場に一定の理解を示し、短くYES NOで答えれる質問をたたみかかるよう淡々と行う。


 ふとすると、こちらにもやってきてパニック状態の私はなんでも答えてしまうので、私の事でハクビが知らない事はほとんどない。




 ハクビが尋問し、訊き出したルートで詰所に向かう途中にえまーじぇんしーは起きた。


 


 増えすぎた一団が新たに山賊に襲われるのを嫌い、身を隠すように迂回ルートを辿る。


 馬に騎乗していない者達の姿を覆い隠すほど草木は高くなり、進行するたびにバチャバチャと音を発するような泥地を通っていくハメになった。


 


 背丈の高い草木のせいで辺りを見渡すのも困難な事もあり、我々の進行方向に巨大な姿で座する、その存在の発見が遅れた。


 


 泥で汚れたどす黒い鱗が体表を覆い、獰猛な爬虫類を想像させる人間大サイズの巨大な顔。


 2枚の翼は大きく、その巨体だろうと飛行させる事は容易だろう。


 両の眼は閉じられ、規則正しいのか正しくないのか、轟音をあげながら呼吸音を発しているのは睡眠状態の魔獣クエレブレだ。




 竜種と見た目が酷似しているが、こちらは完全に湿地帯で繁殖する魔獣であり、魔導などは使えない。


 しかしその巨体で攻勢に出られれば人間などひとたまりもない。


 睡眠状態にあるクエレブレを刺激しないように歩を進めようとした時だった。


 


 捕縛していたはずの山賊の内、数人が奇声を発しながら湿地帯を駆け始めた。




「この辺りにクエレブレが住んでんのは常識だ! どさくさにまぎれさせてもらうぜ!」




 突然叫び出した山賊たちの常軌を逸した行動に理解をする以前の問題だ。


 駆け出した者は数名で、捕縛されている山賊がほとんどだ。


 クエレブレを起こして騒動にまぎれて逃げ出すつもりーー


 そう考えた瞬間だった。




「しゃああああ!」


 


 クエレブレの両の眼はしっかりと開けられ、獣とも魔獣とも取れぬ咆哮を上げながら、その巨体を迫らせる。


 咆哮を受けた私は身震いで全く動けなくなる。




「かかっ! おもしれーじゃん! クエレブレなんてほぼ竜種だろ? 竜狩りってやってみたかったんだよね!」




 身震いで動けなくなった私とは全く別の行動を取ったのはデヴィだ。


 両手斧を片手でぶん回しながらデヴィがクエレブレに向かって投げつける。


 


 投げつけられた両手斧の刃体がクエレブレの右目にめりこみむと魔獣は絶叫を上げて倒れ込む。




「野郎ども! ウチに合わせろ!」




 指示を受けたデヴィ配下の盗賊達は魔導絡繰からくりを使って炎や氷柱をクエレブレに散々撃ち放つ。


 魔導を受けた衝撃で動きを止めたクエレブレに接近したデヴィは右目にめり込んだ両手斧を拾い上げ、振り下ろす。




「焼き付けちまいな! おらぁ!」




 切れ長の瞳の美しい容貌には似つかわしくない怒号をあげ両手斧を魔獣の顔面に叩き落とし、同時に斧の魔導絡繰からくりを起動してクエレブレを焼き付ける。


 


「きしゃあああ!」




 とんでもない光景だった。


 竜種とも比較される巨体のクエレブレがデヴィの攻撃を嫌がって距離を取ったのだ。


 エル人の正規兵の中隊だって苦戦する魔獣に対してリムノス人の、あろう事か盗賊が優勢なのだ。


 


(どうなってるのよ……)




 私自身なんでクエレブレと戦っているかもわからないこの状況について逡巡していると、距離を取ったクエレブレは意外にも冷静だった。


 


 固い鱗に包まれている魔獣にとって遠距離から放たれる火球や氷柱は対してダメージにならない。


 先程デヴィがやったように接近して斧をぶち当てるのが効果的だろうがもちろん反撃のリスクを伴う。




 私の泥弾丸やハクビの圧縮水の様に、放出口を小さくして加圧した魔導を放てば鱗を貫通させる事はできるかもしれない、が必殺となるかは別だ。


 


 距離を取った魔獣に対しても、有効打となる魔導を放てるのは恐らく、フェイ様に並び立つと評されるマーガレットのみだろう。


 


 しかし、マーガレットは悲痛な面持ちで王子を抱きしめるように乗馬し続けるのみだ。




「タッド。 私……」




「メグ。 怖いなら俺に捕まってろ。」




 マーガレットだけでなく、王子の顔にはケセラセラが張り付いていない。


 いや、この状況で能天気な表情を貼り付けてたら、それは大物を通り越して確実にいっちゃってる人だが。




「せーの! おりゃあ!」




 ただ、明らかに尋常ではない様子の二人を他所に、デヴィが再度、両手斧をクエレブレに投げつける。




 が、それを見越していた魔獣は突如加速してデヴィに向かって突進をかける。


 両手斧は魔獣の鱗に阻まれて、弾かれてしまう。




「げ! やば!」




 デヴィの美しさが燃え上がっているような肢体がズダズダに引き裂かれてしまいそうな、あわやすんでの所だった。


 転げ回るかのようにデヴィは辛くもぶちかましから難を逃れる。




 しかし、勢いづいたクエレブレはそのままこの場で最も弱いであろう存在に目をつけた。


 リムノス第三王子、武才がない事は周知の事実だ。




 咆哮を上げながら、同じ馬に騎乗している王子とマーガレットへ突進していく魔獣。


 マーガレットの才能をまざまざと見せつけられできたのだ。


 我々には想像もつかないような魔導を放ってクエレブレを撃退する未来を想像してしまった事は、ある意味不可避だった。


 


 しかし、魔獣の突進を眼前にしてもマーガレットは目をつぶって王子にしがみついている。


 その光景を見た私とハクビは泥弾丸と圧縮水を放とうと指先の聖紋に魔素をこめる――が、私達二人の魔導は加圧に時間がかかる。




(間に合わない!)




 そう思った瞬間なのか、それとも直前なのか。


 暴風が吹き荒れて巨大なかまいたちのような物が、クエレブレをすり抜けたかのように見えた。




 かまいたちがすり抜けてから遅れて数瞬。


 クエレブレは頭から足先にかけて均等に半分割されるかのように真っ二つに切り裂かれていた。




 キィン!と高音を鳴り響かせながら大太刀を納刀する風王候補アルが無表情に無機質に王子とマーガレットに話しかけている。




「タ……メ……ぶ?……たり……ンチ……つも……くて……んね」


 


(声ちっさ!」




 口に出していたのか、胸中で叫んだのかは私自身わからない。




 窮地に追い込まれていた一団を、たった一太刀で救った風王候補アル。


 卓越した剣技よりも最後まで目立たない彼の在り方に私は度肝を抜かれていた。

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